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カテゴリ:手塚治虫
萩尾望都に漫画家になることを決心させた手塚治虫の『新選組』。作家の藤本義一も好きな手塚作品にこれを挙げていた。萩尾望都は分かるとして、藤本義一が『新選組』を選んだのは意外。ただ、藤本氏は『雨月物語』の現代語訳をやった作家…と考えれば、少しつながるかもしれない。 で、今日はちょっとしたトリビアを。現在、手塚治虫『新選組』を原案とする『君とゆきて咲く』が放映中だが、主人公の名前、深草丘十郎。この丘十郎というネーミング、おそらくはあるSF作家から来ている。 それは海野十三。日本のSFの始祖の一人と言われている作家だ。手塚治虫は『のらくろ』の田河水泡と海野十三を「ボクの一生に大きな方針を与えたくれた人」だと書いている(『手塚治虫のエッセイ集成 わが思い出の記』立東社より)。 海野十三には別のペンネームもあり、そのうちの1つが丘丘十郎なのだ。少年手塚治虫は海野十三の小説を寝食を忘れて読みふけった経験があるという。 海野も大阪で頭角を現してきた青年漫画家、手塚治虫のことは知っていて、妻に、「自分が健康だったら、この青年に東京に来てもらい、自分が持っているすべてを与えたい」と語っていたという(中川右介『手塚治虫とトキワ荘』より)。 海野は1946年ごろから結核にかかり、1949年5月に51歳で死没する。手塚治虫+酒井七馬の『新宝島』発売が1947年1月。1947年に『火星博士』、1948年に『地底国の怪人』と『ロストワールド』。 『メトロポリス』が1949年9月だから、海野が読んでいたのはおそらく『ロストワールド』まで。手塚治虫と海野十三には個人的なやりとりは何もない。それでも海野は、手塚治虫という青年漫画家が自分の影響を受けていることを作品から読み取ったのだろう。 手塚治虫が医師国家試験に合格し、東京のトキワ荘を借りるのが1952年。海野が亡くなって3年後だ。もう少し海野が生きていたら、二人の対面もなっていただろう。 1950年前後の日本に、SFという言葉はない。SF作家と呼べる人もほとんどいなかった。星新一や小松左京が出てくるのはもう少し先の話だ。 手塚作品と海野作品の共通点については、Mizumizuは海野作品を読んだことがないので語ることはできないが、タイトルが、明らかに海野十三オマージュだと気づく作品が多い。『日本発狂』(手塚)『地球発狂事件』(海野)のように。 もっとも、猫が重要な役割を果たす手塚作品『ネコと庄造と』のタイトルは、『吾輩は猫である』なんて目じゃないほど猫の生態に精通した作品『猫と庄造と二人のをんな』からだから、手塚治虫という人の博覧強記ぶりには驚かされる。いや、『猫と庄造と二人のをんな』と『ネコと庄造と』は、全然似ているところはない作品なんですがね、話の内容は。ただ、谷崎潤一郎という人の猫に対する愛情と理解の深さは、夏目漱石なんて足元にも及ばない。というか、夏目漱石は明らかに人間に興味はあっても、猫については無知だ。 話を手塚版『新選組』に戻すと、この作品、テレビドラマが始まってから初めて読んだのだが、なかなか面白かった。萩尾望都と『新選組』については、このYou TUBE番組が面白い。 https://www.youtube.com/watch?v=Z1q21iHz-Y4 Mizumizuが惹かれたのは、その様式美。花火を背景にした一騎打ちはそのクライマックス。そのほかにも、下からアングルで描いた橋の下での魚釣りとか、上からアングルで見た階段での襲撃とか面白い構図があちこちに出てくる。 物語として惹かれたのは、あまりに「語られないエピソード」が多すぎて、逆にこちらが二次創作してしまう点。 例えば、大作は、人並みはずれた剣の技を持ちながら、なぜああも虚無的なのか。彼はおそらく死に場所を求めてスパイとなった(と、頭の中で妄想)。そして、ワザと丘ちゃんに負ける(と想像)。親友の手にかかって死ぬことを選ぶまでに、彼の前半生に何があったのか。長州のスパイだというから、吉田松陰の薫陶を受けたのかもしれない。だが、志を抱いた倒幕の志士と考えるには、彼はあまりに傍観的だ。過去が何も語られないからこそ、自分でそのストーリーを補いたくなる。 ここは是非、萩尾望都先生に鎌切大作を主人公に、その生い立ちから丘十郎との出会い。出会ってからの彼の心の揺らぎを描いてほしい。丘十郎の純粋さが鎌切大作の内面をどう動かしたのか。ある意味、大作は丘十郎の純粋さに命を奪われるのだから。 丘十郎に海外留学の手筈を整える坂本龍馬のエピソードは、あまりに飛躍しすぎだが、もしかしたら坂本がフリーメーソンと関わりがあったというのがこの突拍子もない展開の背後にあるのかもしれない。そのあたりも語れそうだ。 手塚治虫はあとがきで、「時代考証メチャクチャ」「異次元の新選組」と言っているが、時代考証完全無視の異次元時代劇は今大流行りなので、手塚治虫がその元祖だったということか(笑)。 あまり人気が出なくて途中で打ち切ったという手塚『新選組』だが、全集を見ると、それなりに版を重ねていて、不人気作品とも思えない。なにより1963年の作品が、2020年代になって歌舞伎になったりドラマになったりしている。 ドラマ『君とゆきて咲く』もイケメンがダンスする、異次元・新選組になってる。将来的には、こうした「特別な友情」にキュンキュンする層をターゲットにした、ミュージカルにもなるかもしれない。 新選組 (手塚治虫文庫全集) [ 手塚 治虫 ] お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.05.04 19:05:03
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