|
カテゴリ:ココロの詩(うた)
父は わたしが 5才くらいのころ オイルショックで 自分が立ち上げた事業に 失敗 精神分裂病に なった
わたしは 父親の愛情を 知らない
父が 母に暴力を振るった瞬間 わたしは そこにいた こわかった 妹とわたしを残し 母は 幼い弟を連れて出ていった さみしかった
父は 入退院を くり返した 外泊許可が出て 父がうちに帰ってくると とてもうれしかった でも また電車で 病院へ戻ってしまうとき 子供ながらに さみしかったし 父がとても 小さく見えた
父の病気は いまだに 治らない 精神病というのは 本人に 病識がなく 薬物療法が むずかしい 入院しているときは 監視下で 飲まされるらしいが 今さら 父に クスリを飲ませることは 不可能
今の父は 自分以外の人間に まったく無関心 会話も 成り立たない わたしが 実家へ行っても 「お父さん こんにちは。」 と言うと 「こんにちは。」 と言うだけ それ以上の言葉は 期待など してはいけない
わたしは 父に 心配というものを してもらったことがない
100点満点をとっても 高校に合格しても 結婚したときも 父からの言葉は なにひとつ なかった
わずか30才前半で 病気によって 人生を めちゃくちゃにされた父を わたしは 子供のころから ずっと 不憫に思っていた 病気を ひどく恨んだ こっそりひとりで 何度も 何度も 泣いてきた たぶん 父への思いが いちばんあるのは 長女のわたしだった
子供のころ 母に 離婚をすすめたことが 何度もある 母は うっすら笑うだけだった 今になって思えば 母に 父を見捨てるなど できなかったんだと 痛いほどわかる
母の苦労は 並大抵のものでは なかった なのに 不思議と 母の顔は 仏さまのように やさしい 苦労の 「く」 の字も ないような顔
母は言う 「この前 お父さんが 体調を崩して 寝ていたから ひとりで ごはんを食べたら ちっとも おいしくなかったの。 ただ黙って もくもくと ごはんを食べる お父さんだけど そばにいるのと いないのとでは 違うのね…。 あんなお父さんでも 存在って 大きいのね。」
わたしには 母の気持ちが わかる
父は 人生で 負けてしまったけれど 愛情深い母に支えられ しあわせな人だと 思う そう思えるようになるまでは ずいぶん 時間がかかった お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ココロの詩(うた)] カテゴリの最新記事
|