二重の対象喪失
人はどんな状況に置かれても、その状況に慣れる。僅かでも慣れてくれば、気持に余裕が生まれ、自分の置かれたその状況を見つめ直す事となる。人は社会生活を送る中で社会倫理を刷り込まれる。、それは多少なりとも自分の価値観の一部となり、自分の行動の指針となっている。だからこそ、社会の中で個人がどうするのが良いのかについて、共通認識を持つことが出来る。当然例外はあるが。人は反論されると自分を防御し頑なになってしまう。反対に、賛同されれば自信を強め助長もする。例えばあなたが、その人に問題から逃げずに真正面から向き合って欲しいと思うのなら、その人もそういう思いを多少なりとも持っているという事だ。ただ、今はその人にとってその思いが負けているから、そうしない。だから、負けが決定してしまう前に、その思いを応援して活気付けてあげて欲しい。人の物事に対する反応や判断は、元々何かに対して有効だった為に存続しているもの。経験の無い状況に出くわすと今までの経験から似たようなものを参照し、その際の反応や判断を用いる。しかし、中には小さな差異が決定的な差異となっていたり、参照するに足る経験がなかったりという事があり、非適切な反応や判断を適用してしまう。時に混乱し、極端な行動を取る事もある。非適切な反応や判断というのは、本来の適用対象に対してなら有益なもの。非適切な反応や判断が持つ意図を汲み、現状に照らして目的に叶うよう修正すれば良い。