中山道(本山宿〜塩尻宿)寒い、お腹が〜。
〜本山宿〜2日目(11月24日)日出塩駅から続きのスタートです一晩中風が吹いて、山にはうっすらと雪がかぶっていますこの辺りの玄関口には白と赤のしましま棒が準備されています積雪量がわかるように利用する棒でしょう〜洗馬(せば)宿〜いよいよ塩尻の町がひらけてきました洗馬宿は中山道と善光寺街道の追分で、荷物の重さを検査する役所、荷物貫目改所がありました中山道では板橋、追分、洗馬の三ヶ所にあったそうです洗馬は鉄道開通と昭和初期の大火で面影のある建物は残っていません名所の肘懸松(ひじかけまつ)も可愛い若木でした東京からの中央線と名古屋からの中央線が交わる塩尻駅、街道はその手前て右に曲がり田畑の中を次の塩尻宿に続きますこの松あたりからコスモ石油までの旧道のわずかな草道はわかりにくくて、畑の中をグルグルしてしまいましたグーグルで検索すればよかったです〜乳松〜国道19を右に入り県道に入ると、平出の一里塚がありますよく手入れがされて、 南の松は武田信玄の軍師・山本勘助が赤ん坊を拾ったという伝説が残っており、松葉を煎じて飲むと乳の出が良くなるといわれたとか北側の松は、まるで盆栽です左手に昭和電光の工場の壁が延々と続きますホテルの朝飯を食べ過ぎたせいか、北風の中を歩いたせいか急に便意を催してきました必死に我慢して歩いたのですが、あてにしていた神社も介護施設も施錠されていて、いよいよ顔面蒼白、シルバー人材センターに飛び込みました〜丼丸 田中屋〜本当に助かりました、ペコリ。ホッとしたらお腹が空いてきました程なくテイクアウトが主の海鮮丼屋さんで、お任せ丼500円を注文、とてもお得でおススメですあぁ、このトイレまでどーしても我慢できなかったわけです県道から外れて塩尻宿に入ります入り口に並ぶ石碑のひとつに目がとまりました 蠶玉大神かいこの神さまなのですねこの先の諏訪地方は日本でも有数の養蚕産業で栄えました〜堀内家〜塩尻は三河に通じる三州街道から太平洋の南塩が入り、糸魚川街道から日本海の北塩が入り、塩が落ち合う終着点から塩尻の地名になったそうです。その二街道と松本に通じる善光寺街道が交わり、東に塩尻峠を控えているので、かつては中山道二番の賑わいだったそうだが、大火で宿並は消失、塩尻駅に町の中心が移り、今は静かな家並みが続いています〜向こうは吹雪かな〜陽が傾くのは早いです今回はみどり湖駅で終いにして次回は塩尻峠から歩いて和田峠越えです振り返ると歩いてきた方向が白く霞んでいます吹雪いているはず時間調整でコーヒーを飲んで体を温めました。帰りは塩尻で乗り換えて、特急しなので一気に名古屋まで帰ります。すっかり暗闇の木曽路です。