林檎パワー
8時過ぎから、約1時間半眠った。其の所為か、また眠くなくなった。其の後はずっと、後悔の念と苦しさが心を暴れ回った。約1時間半、泣いていた。涙は止めようと思っても、止められない。其処には耐えられぬ痛みがあるから。いつだって辛くなると『感情を無くしてしまいたい』そう願う私がいる。何も感じたくなど無い。弱い自分が、『感情を無くせ』と、命令してくるのだ。本当に廃人のように、感情が無くなる時もある。ココロに入ってくる全てのものを排除するかのように。けれど、肝心の時に限って感情を無くす事は出来ない。其れは『感じ取らねばならない、逃げるな』そう神が私に言っているような気がする。今日一日、ずっと只管辛く苦しい時間しかなかった。逃げる事も立ち向かう事も、何も出来ず。頭がおかしくなりそうな一日だった。『死にたい』という感情も常にあった。毎日、病と共に生きていると苦しい状態のほうが多い。此の何ヶ月間は楽しい等という感情を持つ事も無く殆どの時間が空虚で苦しかった。独りで待つのが辛かった訳では無い。其れはしかたのないこと、と頭で割り切っていたし。けれど、家事以外は何も出来ない毎日。身体が動かなかったり、気持ちが堕ちていたり。調子の良い日なんて、あっただろうか。ずっと堕ちていると其の感覚さえ無くなる。堕ちているのが日常になる。悲しい事実だけど、其れが私。生きる希望なんて持ち合わせていない。希望を持ちたいとは思うが、それすら出来ない。鬱には日光浴がいいと言う。セロトニンが増えるから。でも、私が日光にあたるのは昼に買い物に行く時か病院へ診察に行く時だけ。他はカーテンをぴしゃりと閉めたまま外界から自分を遠ざけてきた。私には、外の世界は未だ恐い。出来れば、刺激が無く自分のペースを護った生活をしたかった。けれど、社会復帰したいという気持ちが全く無い訳でも無い。矛盾しているが、色々な感情が渦巻く。苦しさと虚しさだけの生活から変わりたかった。音楽を聴くのもためらったけれど私の愛する林檎嬢の曲を聴く事にした。曲を聴きながら、また泣いたりもしたけれど少しずつ落ち着きを取り戻せた。ありがとう、林檎嬢。旦那は多分寝たらしい。今、私が何か答えを求めたって悪い結果になるだけ。其れに、私に答えを出す力も権利も無い。私の手には、何も残っていない。未来は、私の手では選び取れない。