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3月11日の地震で私の故郷福島県は大きな被害がありました。
私の生まれ育った福島市は中通りにあるので津波の被害はなく 原発からは60キロ以上離れているのでそれほどの被害ではありませんでした。 しかし、地震、津波、原発、風評被害などの 被害を受けた方がたくさんいらっしゃいます。 あの日から半月以上経ったのにまだまだ復興には程遠いものがあります。 私自身いろいろ考えることがありました。 当日の恐怖と不安、今思っていることを 自分自身の記録として残しておくことにしました。 かなり長くなりそうなので何回かに分けて書きたいと思います。 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ 地震が起きた時は家でテレビを見ていました。 石原都知事が出馬表明というニュースときに揺れ始めました。 揺れ始めるとすぐに電気が消えました。 あまりの揺れの大きさに携帯だけ持って外に出ました。 ご近所の方々も外に出ていました。 携帯の防災メールで震源地は宮城県沖と知りました。 電気が消えて余震が続くので近所家に3人程で一緒にいることにしました。 ダンナと息子たちにはすぐにメールして返信が来たのですが、 メールを使えない父への電話は何度かけても通じませんでした。 それぞれの家からインスタント食品やカンテラ電池などを持ち寄りました。 首都圏の電車は全て止まり、ダンナは会社泊との連絡がありました。 停電になってしばらくは携帯が通じたのですが、 中継局のバッテリーが切れたらしく段々通じなくなりました。 その中でかろうじて通じた電話で友人の娘(長男と同級生)が 途中駅で足止めされていることがわかりました。 途中駅までは車で40分ほど、彼女の母親は免許を持っていません。 女の子を放っておくわけにはいかないので 私の車で迎えに行くことにしました。 車のラジオからは悲惨な現実が聞こえてきました。 家族を迎えに行く車で国道は渋滞していました。 裏道を通って何とか途中駅まで行くことができました。 神奈川は停電で真っ暗なのに都県境を越えたら灯りが点いていました。 彼女を乗せてまた渋滞している国道を帰ってきました。 信号の消えた交差点を通ったのは初めてです。 電気が点く見通しもないし、余震も少し治まったので それぞれ自宅に戻って寝ることにしました。 夜中の3時半頃に電気が点きました。 停電でモーターが止まったために断水していたのですが、 トイレに水が流れる音で目が覚めました。 階下からテレビの音が聞こえました。 停電したときにそのままにしていたようです。 テレビを消そうと下に降りたのですが、 あまりにも衝撃的な映像が流れていたのでそのまま見てました。 地震直後から実家へ何度も電話したのですが、全然通じませんでした。 朝、6時過ぎにもしかしたらと思って電話したら父の携帯に繋がりました。 あまり被害はないとのことで安心しました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011年03月30日 20時45分52秒
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