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以前、私の生まれ育った故郷について話したが、
私には自分にとって第二の故郷と思う場所がある。 それは大阪である。 京都の大学に進学し、専攻の英語そっちのけで、関西弁をマスターし、 その甲斐あって(ウソ)、大阪で就職し、10年以上関西に暮らした。 大阪には大切な友人達が住んでおり、日本に里帰りするときは、必ず行く。 そして、いつも泊めてもらうのは、 私が「大阪の両親」と呼ぶ、友人夫婦のところだ。 本当に彼らにはお世話になっている。ダンナ共々お世話になっている。 この「大阪の両親」のところには、2人娘がいる。 長女・アオイ(もうすぐ5歳、4月から幼稚園の年長さん) 次女・スミレ(先月3歳になったとこ) 2人ともお腹の中にいるときから成長を見ているので、 私も身内な気分で、子供達の成長を見守っている。 今はスイスにいる私に、お母さんのMちゃんが、ときどき写真を送ってくれる。 見るたびに成長していて、じーーーーーん とするのだ。 最近はアオイが文字を書けるようになったので、たまに文通をしている。 先日もらった手紙にはカタカナが見られたし(ダンナ負けてるぞっ。)、 内容もとても手紙らしくなってきた。 これまた、じーーーーん。 大阪の両親のところに、未来のダンナを初めて連れて行ったとき、 アオイは3歳2ヶ月、スミレは1歳3ヶ月だった。 アオイは半日程ダンナをおそれていたが、その後は慣れて一緒に遊んでいた。 スミレは全然人見知りをしないタイプで、ダンナの膝の上にちょこーんと座って、 とってもかわいかった。 「この人だ~れ?」とダンナのことを指さすと、 「おとぉしゃん」 「この人だ~れ?」と本当のお父さんのことを指さすと、これまた 「おとぉしゃん」 と答えるスミレ。 ダンナはすっかりメロメロで、「日本の娘♪」などと呼んでいた。 2回目に会った時は、スミレは2歳直前になっていて、 さすがにお父さんとは言ってくれなかったけど、 ダンナ(仮名をアレックスとしよう)を 「あれくしゅ~」 と呼んだ。 うちらが大阪を去った翌朝、スミレは 「あれくしゅ はぁ~?」 と家中を探したらしい。 (これを聞いたダンナ、感動。) アオイは滞在中 「モモちゃんとアレックスはどこに住んでるの?」と聞いてきた。 「すんごく遠いとこだよー。」 「どうやって行くの?」 「飛行機に乗ってだよ。」 こんなやり取りをしたけど、あまり理解できていなかったように見えた。 後からMちゃんに聞いたところによると、 うちらが去って1週間くらい経って、アオイは 「モモちゃんとアレックスは、もうおうちに着いたかなー。 今度いつ会えるのかなー。」 と言ったそうだ。 じーーーーん。 3回目は去年の秋だった。 ふたりとも、うちらの訪問を楽しみにしてくれていたようだ。 すっかり、スミレも口が達者になっていた。 アオイも前回うちらが遠くに住んでいるというのはわかっていたが、 どれだけ遠いかというのは、わかっていなかった気がする。 この里帰りはダンナと一緒に来て、ダンナだけ先に帰り、 私は3週間長く、日本を楽しんだ。 そして大阪にも単独でもう一度行った。 「アレックスはスイスに先に帰って、今回はモモちゃんが一人で来るのよ。」 とMちゃんから、言われてたからだろう。 スミレはときどき 「あれくしゅは しゅいしゅに かえってん。」 と思い出したように言った。 一度、私は聞いた。 「ハイジ好き?」 「うん。しゅき。」 「アレックスとモモちゃんは、ハイジの住んでいる所に暮らしているんだよ。」 「??」 ちょっと難しかったか。 私が大阪を発つとき、Mちゃんとアオイとスミレが最寄の駅まで送ってくれた。 後でMちゃんから聞いたところによると、 アオイは私を見送った後、 「またすぐ会えるよね♪」と言い、 スミレは 「あれくしゅは しゅいしゅに いてんねん!」 と誇らしげに言ったそうだ。 先日の手紙のMちゃんの報告によると、 夕方「ハイジ」の再放送がやっていて、ふたりのお気に入り。 そのハイジを見ながら、 「モモちゃんとアレックスは スイスにいるねんよ~!」 とアオイが言うと、 スミレが 「しってるよ~!そんなん まえから しってるもん!」 と言ったとか。 モモちゃんとアレックスは、 アオイちゃんとスミレちゃんが、お父さんとお母さんと一緒に 「しゅいしゅ」にいつか遊びに来てくれるのを 首をなが~くして待ってるよ! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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