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サンバハウス主催の母乳教室PART2に参加する。
今回は、10名限定であった。 先生を中心にテーブルの周りにつき、さらに外側をスタッフにずらり囲まれたなか話し合いをしていく。 実は、昨晩から次女が熱を出していた。長女から移ったらしく、一時は41℃まであがる。朝になって熱が下がったので連れて行こうとすると、同じく風邪を引いて休んだ夫に「こんな状態でもつれていくのか?」といわれる。 そうよね。雨も降ってるし。でも逆に私から離れないんならおんなじじゃん、ということで遅れつつ連れて行く。 自己紹介しつつ、現状抱えている問題を話しつつ、根源に迫っていく。 人それぞれの悩みはありつつも、誰かが誰かと接点を持っていることがわかる。 今回のテーマが「三つ子の魂百まで」だったが、自分が子育てをしていくと、自分が子供のころに感じたことを思い出し、切なくなるときが何度もあった。子供のときに満足しなかった根深い思いを浄化できないと、また親と同じことを繰り返してしまう。 自分の子供に何を経験させてやれるのか?人から聞いたことは単なる情報でしかない。赤ちゃんとであった時に何を感じたのか? 命という字は人が一を叩くと書く。それはすなわち鼓動を意味する。 何があってもあきらめず、一に帰って、混乱を生じるものはそぎ落とし、自分を信頼し、相手を信頼し決断をすること。大事な話だった。 所長のS先生自身のお話を聞くことができた。先生は4人兄弟の長女として生まれた。下が弟3人でお母さんは3人を自宅で出産した。いずれも助産士さんが間に合わず、自力で生むのをみていたそうだ。体の弱かったお父さんに代わって働いていたお母さんを見て、仕事を持つ女性を応援する立場になったとおっしゃっていた。先生は独身だし、お子さんも産んでいないのに何で産む女性の体、そして産んだ後の女性のことこんなによくわかるのだろう、と私は前々から不思議に思っていた。 先生は、それも子供のころから見て、知っていたのだという。舌小帯のせいで母乳が飲めず、米の粉で育った満たされない思い、お母さんが畑で働いてるときに外に寝かされていたときの木々のようす、そしてやっぱり出産はそのなかでもハレの日だったらしい。子育てについても自分が受けてきたこと、お母さんに長女ゆえ留守中の弟の怪我にいても責められたことなど。 先生がいろいろな時間や方法で克服したり、積み重ねた上で知ったもの、そしてそれを私たちにどうやって伝えようとしているのかこれからゆっくり考えようと思う。 私が一番子供のころに覚えている記憶は、おっぱいをせがんでいたことだ。それも結構おっきくなっても。と、いうのは、私の生まれたころは、ミルク全盛時代で、流行に目のなかった(?)母は、ほとんどおっぱいを飲ませなかったらしい。赤ちゃんのときに満たされなかった思いが、後々まで尾を引いたのだった。 それ以外にもいろいろ思い出して着たらまた書いてみようっと。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005/06/01 11:47:17 PM
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