『サイダーハウス・ルール』 幸せに生きるルール
『サイダーハウス・ルール』20世紀半ばのアメリカ。田舎町の孤児院で、堕胎を専門とする、産婦人科医ラーチ(マイケル・ケイン)に育てられた、ホーマー(トビー・マグワイア)。成長し、彼の助手として手伝いをしていた彼は、堕胎に訪れた若いカップルと共に、突然、孤児院を去ってゆく。海も見たことのなかった彼は、初めて外の世界を知り、リンゴ園で働き始め、何もかもが新たな体験をする。貰い手もないまま、孤児院で育ったホーマー。そこでの生活に、何の不満もないけれど、意を決して、外の世界に出てみる。この年頃の男の子にとっては、当然のことであり、医者として帰ってくるように説得する、育ての親であるラーチに、耳も貸さない。実の親子ではない、基本的には他人だからこそ、普通の父子にはない愛情と距離感を保って、ホーマーに接するラーチ。ホーマーのためであっても、押し付けることはせず、彼の意思を尊重しつつ、常に案じ見守っている。ホーマーの育った孤児院では、こんな小さな、何の罪もない子供たちが、助け合いながら暮らしている。いつか、温かい家庭に貰われることを夢見て。大きな子たちは、小さな子たちの面倒を見、小さな子たちは、親や家庭への憧れと寂しさを、我慢しながら。もらわれていった子、死んでしまった子たちの、行く先の幸せを祈りながら。法で禁じられてる堕胎を続けるラーチも、こんな不幸な子供たちを増やしたくない、望まない出産で苦しむ母親たちを増やしたくない、という気持ちなのだろう。毎晩、エーテルを使わなければ眠れないほどの、罪悪感を伴う行為。それは、正しいとか正しくないとか、そういうのでは、はかれない。孤児院から離れて、人を愛すること、人を憎むこと、頑なに拒んでいた堕胎手術をも経験して、故郷に戻ってきたホーマー。堕胎をあんなに嫌がっていたのに、そうなる可能性のある行為を、思わずしてしまう。それも、他人の恋人と。その抑えられない感情を知っただけでも、大きな成長だったかも。すでに孤児ではなく、立派な大人となった彼は、もっと遠く、もっと広い場所に行けたかもしれない。新しい家族を作り、暮らしてもいけただろう。それでも彼は、戻ってきた。彼を必要としている子供たちのいる、暖かな場所に。それが自分の「仕事」だと、分かったから。「ルール」とは、そこで生活している人たちが決めるもの。たとえそれが嘘であっても、荒唐無稽であっても、社会的には反ルールであっても、そこにいる人たちが幸せに暮らすために必要ならば、必要なルールだということ。美しい風景の中に漂う、寂しさと切なさと、そして優しさに、生きるのに必要なことって何だろう…と考えた、1本でした。『サイダーハウス・ルール 』著:ジョン・アーヴィングランキングぽちってくれたら嬉しいです♪【参考】 サイダーハウス・ルール映画レビュー★そのほか話題の記事はコチラ→