靴を買った話 (お別れの会 その後のこと)
靴を買った話 (お別れの会 その後)笠浩二さんのお別れの会の会場の献花台の周りには、多くの写真や、昔の雑誌の記事やレコード、近年のお衣装などが飾られていた。 その中に、ステージで履いていらした靴があって、参加された方のSNSでのつぶやきからその靴のブランドの名を知ることができた。ほうほう、そのような名のある靴であったか。ファッションには人より疎い私だが、その名を知ったことでその靴が気になるようになり、街を歩いていてもブランドロゴが目に入ってくるようになった。 ある日、たまたま出かけた先の町で、ファッションビルの靴屋さんでそのロゴをみつけ、同じ色の靴がないか、棚に目を走らせた。あ、あれかな、とそれらしいものを見つけて眺めていたところ「お探しのものはありますか」と、お店の方に声をかけられた。 私「この靴は、こちらのブランドの靴ではないかと思いまして」店「おそらくそうですね」 私よりはるかに若いが、おそらくこのお店のベテランと思われる男性の店員さんは、私がスマホで示した写真と、これかなと私がみていた靴を見比べて確認して、お願いしたサイズのものを出してきてくれた。 どうしてこの靴に興味があるのか、というようなことをさりげなくきかれたのは、仕事帰りのわたしの服装からは、選ぶのが想像しにくい靴だったからだろうか。「男性の方なんですけど、応援しているミュージシャンの方が履いているとおっしゃっていて、自分も履けるサイズのものがあれば、と思って」と私が話すと、「あー、僕もそういうのありますよ。推している人が身に着けているものとか、ほしいですよね」と店員さん。 その靴はとても堅牢なつくりで、皮もしっかりしていて、ちょっとやそっとじゃ型崩れすることもなさそうだった。 「たぶん、はじめは、あんまり長い時間履かないほうがいいと思います」「かかと側が合わなくて痛むようだったらかかとの方を、先の方が余るようだったら、先の方を調整するような中敷きなどを入れたりするといいです」とのこと。「えー、そんなに?」と言いつつも、私自身は常に靴に苦労しているので、それぐらいはたやすいことだ。 「このブランドの靴、うちの店の人も、履くのにみんないろいろ試行錯誤して、それでも履きたくて履いてる人ばっかりで」と楽しそうに話す店員さん。「その話きけただけでも、この靴買いに来た甲斐がありました」と笑う私。 履きこなすのがちょっとたいへんだけど、それでも靴好きの方々が履きたくて履いている靴。そんな靴を、あの方はどうやって履いていたのかな、と想像できた、それだけでなんだか嬉しい気持ちだった。 「これ、いつ履いていくんですか?」と、靴の箱の入った包みを渡されながら聞かれた。 そうだよね。推し活の話だったから、現場に履いていくと思うよね。 「うーん、そうね。次は、まだ決まっていないんです」「そうですか。行ける日が楽しみですねえ」「ええ、次が楽しみです」 「次」って、いつだろう。どんな「次」があるのだろう。答えはない。 でも、これを履いて出かける「次の現場」はきっとある、とそれだけは確信している。