2000年2月28日
ほとんど一睡もできないまま逃げるようにベッドを這い出した。
そしてこのサファリホテルから一刻も早く逃げ出す準備をして朝一番キッチンでコーヒーを飲んでいると、おかまのまりもちゃんが話しかけてきた。
「おにいさん昨日は、大部屋だったんでしょ?眠れた?」
「全然。一睡もできなかったよ。なんなの?あの連中!何度怒鳴ろうと思ったことか」
「まあまあ、そう怒らないで。あの子達も初めてのアフリカでうかれているんだからさ」
「はあ・・・」
まりもちゃんは新宿2丁目のおかまバーで働きながらアフリカ中近東を旅する、この世界ではちょっと有名な旅人である。
その彼女(彼?)と、偶然昨日はこのエジプトカイロの日本人宿「サファリ」で同宿することになったのであるが、しかしながらこの宿は腐りきった宿であった。
いや腐っているのは、この宿ではなくって、この宿に巣くう日本人たち(旅行者ではけしてない)である。
昨夜この宿のドミトリー(大部屋)のベッドにザックをおろし、長い移動の疲れをいやし、これから帰る日本での生活に想いはせて床についた僕であった。
ドミトリーにしては人数が少なく、ああこれは静かに眠れそうだと思ったのもつかの間。夜中の12:00頃になって、同じ部屋の日本人達がつるんで一斉に帰ってきたのだ。
きけばみんなしてナントカいう町にマリファナを買いに行ってたとのこと。
さらにきけば、みな日本から旅立ってきてはいるものの、日中はどこにもいかず昼過ぎまで眠って、毎晩夜中からマリファナパーティーをやり出すのだそうな。
今日日中静かだったのは、たまたまマリファナが切れたので遠くまで買いに行ってたとのことだ。
さあそれから今夜もパーティーが始まった。
パーティーといっても、酒を飲むわけでもなく、乱交するわででもない、ただひたすらマリファナをまわしのみするだけの集まりだ。
せっかくこちらが前向きな気持ちになっている時に、この退廃的な空気はいかにも水をさされる感じだが、しかたがない。
どうせすぐに終わるだろうと、パーティーには参加せずにベッドに潜った僕である。
だんだんとマリファナがきまってきた連中は、そのうちけたけたと笑い出したり、ろれつの回らない口調でかみ合わない話をしたりしだした。
「おまえなにわらっとるねん?」
「なに言うた?おまえ?」
「だから何笑うとるねんて?」
「なに笑うとるねん?。それおもろいわ!そんなおもろいうこと言われたら腹いとうてかなわんわ!」
「よし、おもろいから歌おう」
そのうち誰かがラジカセをかけるとそこから加藤登紀子の歌が流れてきた。
「なんじゃこりゃ!むっちゃいい歌やンか!」
「ほんまや。なんていい歌なんや!」
みながそういっておいおいと号泣しはじめ、大声で歌い始めた。
なんだんだこいつら!
夜中の12時をすぎてからの高歌放唱
知性のかけらもないくそくだらない話をバカデカ声でまき散らし、部屋にはマリファナの煙が充満。
混乱の中、何とか眠ろうと努力するのだけど、こいつらののあまりのバカさに腹が立って眠れず。
おまけに煙の充満した部屋なのに何故かこの部屋には蚊が多く、毛布をかぶってしのぐけれど、なんと毛布の上から針を差し込んでくる凶暴な蚊だ。
いつ果てるとも知らぬ馬鹿余興は朝まで続き、毛布をかぶって騒音と怒りと蚊の襲来をしのいだ夜は、一睡もできなくて当然だった。
そして朝、気がつくと、沈黙の中、馬鹿どもはベッドに崩れるように眠り果て、そして戦乱を耐えた僕の手と顔は蚊にさされぼこぼこになっていたのだった。
・・・そして冒頭の朝のシーンに続くのである。
今日はあまりにも疲れすぎていたが、とにかく明日にでもカイロをたってバンコクに戻れるようにチケットの変更手続きをしなければならん。
今日1日は休養日にして、何はともあれ、きちがいホテルから普通のホテルに移り、エジプト航空オフィスにて明日のバンコク行きを予約し、日本大使館で手紙を受け取り、ナイルヒルトンホテル内のサイバーカフェでメールチェックをし、慌ただしい中で終わってゆく。
ナイル川に沈む夕陽を満足に見ることもできずに明日、僕はエジプトを去ることになる。
今日は最後の夜なので、お金を奮発してエジプト産ビール「ステラビア」を2本買って飲んだ。
久しぶりに飲んだビールはむちゃくちゃうまくて、昨夜とうって変わって静かな室内でエジプト最後の夜を堪能した。
さて明日はバンコクに戻り、空港オフィスで予約の変更ができれば、あさってにも日本に帰れるはずだ。
最後の夜ともあって、少々感傷的になる。
そして彼女のことを思った。
ナイロビでもらった手紙から、障害者手帳を取得したということと、この春から盲学校に通うための試験を受けるのだという知らせを聞いていた。
そして「話したいことはいっぱいあるから・・・こんな手紙じゃ伝えきれないから・・・今度あうときにいっぱい話するね・・・」という言葉で締められていた、その手紙を思い出した。
元旦の日に成田で別れた時とどんな風に彼女は変わったのか?
どんな風に僕は変わったのか?
そしてどんな風にふたリの関係は変わったのだろうか?
その答えはこの次に彼女と会った時に出るのだろうか?
そんなことを思いつつ、アフリカ最後の夜は心地よく過ぎていくのであった。