だって好きなんですもの

最近、『警察小説』と呼ばれるジャンルの本が元気いいですね。

横山秀夫、今野敏、佐々木譲、雫井脩介などなど・・・

　　　　　　　　　　　　　


犯人よりもむしろ警察官や警察機構の話に重点を置いた作品群。
以前、この中から私的には珍しく『犯人に告ぐ』を読みましたが、
意外とハマってしまった。

それ以降気になっていて、いつか横山秀夫を読んでやろうと思ったものです。
でも、いかんせんノンフィクション好きの血が、次から次へとそのテの本を購入させ、
後回し後回しにさせてきました。


そして、今回もまたこんな本を発見してしまった。

　　　『誘拐』　本田靖春著　筑摩書房

　　　

これは、東京オリンピック前年に実際にあった誘拐殺人事件、
『吉展ちゃん誘拐殺人事件』を余すところなく伝えた一級のノンフィクションです。

　　　『吉展ちゃん誘拐殺人事件』　ウィキペディア


吉展ちゃん事件といえば、子どもの頃にドラマで観た記憶があります。
観た後、親から『一人で遠くへ行ってはいけない』と良く言われましたし、
『知らない人には絶対ついていってはいけない』と念を押されました。
我が家ではしばらく『吉展ちゃん』が私の冒険を押し止める役割を
担っていたような気がします。


とちぎの方言に似た話し方をする犯人（福島出身）。

　　　『まつげえねえよ』
　　　（犯人が電話で身代金を要求。家族から本当に本人なのかと問われて。）

これ、この本を読んでてそのドラマが記憶の底から蘇ってくるのを感じ、
トリハダが立ちました。
ドラマで観た、暗い画面に映る足の悪い犯人の姿がありありと眼前に・・・

本書は事件の全貌に迫った内容で、登場人物の数は膨大。
時系列もバラバラに語られます。
でも、それらが１本の糸に手繰り寄せられていく。

最初から犯人と被害者の結末は分かっていました。
でも、被害者家族、犯人、犯人の関係者、警察、目撃者それぞれの証言と行動を
事細かに描いた本作で、改めてその事件のディテールを知ることが出来ました。
この事件を契機に新たに導入された捜査の新機軸、また警察の失態。
よくぞここまで調べたなとその取材の範囲の広さと深さに脱帽。
読み終えてから長い溜息が出ました。

著者は元読売新聞社会部記者。事件の犯人と同い年だったそうですね。
なので、オリンピック開催に沸く一方で、
社会の底辺の姿がどんなものだったかも同時代人としてリアルに描いています。
そして、不幸な、というと安っぽいですが、
そういう生い立ちの犯人にやや同情的な感じがしました。
弱い人間の姿。
でも、それは決して他人事ではないのかも知れない・・・


当時、こういう事件は世間の耳目を集め、１０年は語られていたはず。
しかし、いつの頃からか、凄惨な事件が起きても、
『ああ、またか・・・』というような反応になってしまっている気がします。
でも、本書がある限り、この悲しい物語は、
永遠に語り継がれていくのではないかとも思いました。
好著です。


ちなみに、６月２６日には集英社から
『誘拐捜査　吉展ちゃん事件』（中郡英男著）が刊行されるそうです。