ジブンゼロ年代の記憶残像ミックス
パラソフィアで出会ったジブンゼロ年代風景
パラソフィアの終わった崇仁エリアを再び歩いた。
展示痕跡が残る中を抜け塩小路の鉄橋の下を潜って、高瀬川なのか、川に沿って南へ。
なぜ、ここへもう一度、それも2人で来たくなったのか。ある月曜日の午後。
浅い川には、陶器のカケラやペットボトル、スーパーの白い袋に包んだ何かが、捨てられている。
垂線の崩れた廃墟には植木鉢を置き去りにした植物が大きく成長していて。
渡された小さな橋には藤棚があり、その下には何脚かの椅子が、人を恋しく待っている。
少し行くとこんもりした林が空き地の真ん中、フェンスの向こうに取り残されている。さらに行くと、生ホルモン屋がある。
マザーエイリアンの様に綿帽子をとばして敷きつめているアザミやミッドセンチュリーのアブストラクト絵画と並べてみたくなる様な錆びたトタンの倉庫壁面に出会う。夏日の太陽がコントラストをアップしていて花に色が濃い。
前からは、新聞の束や段ボールを下ろした赤い軽トラが再び洛中にむけ北上してゆく。
崇仁小学校の桜堤、空き地のフェンス、路地の奥の小さな家。
子供の時、なんにも心配しなくても良かったときに見た地べたと空が広がっていて。
教会や川ベリの空家やとっくの昔にシャッターを閉じたスーパーマーケットの間を進む。
僕の小学校区にも、おんなじような住処があり、そこに居た友達とよく迷路のような空間で鬼ごっこをした。乾いた影のにおいが記憶を映像化する。
マサは、もういない。カッちゃんは同窓会に来ないし、トマトや柿をくれた八百屋の青木番長の顔も忘れてしまった。
ランニングと半ズボンとゴムぞうりで真っ黒になってた頃の角角の風景が鮮明に蘇る。
記憶格子の隙間から垣間見る過去の風景が心地いい。
「ソビエトが核実験したし、濡れたらあたまハゲるで」赤い傘を持って同級生を迎えに来たオバちゃんが言ってる事の意味もわからず、水たまりの中を走って水を跳ねとばしていたころの自分。
きれいさっぱり忘れていたゼロ年代。ひとつの正義で出来上がっていた視界。
ワーキングプアもブラック企業も核実験も排気ガスもスモッグも当たり前で、ミネラルウォーターとかコンピュータとかクーラーとかが無かった頃。
懐かしい情景が使われなくなった高い物干し棒に干されて風を受ける洗濯物のようにあたまの中ではためいた。