フリーランスの監察医として活躍しているドクターTは月に10件程度の検案をしています。色々な刑事物や法医学関係のテレビ番組は見て勉強するようにしていますし、事件が報道されるたびに自分なりの推測をしています。福岡の事件は最初母子無理心中事件として報道されましたが、司法解剖の結果、母親も首を絞められたことによる窒息死であることが判り、練炭自殺の偽装もされていたことから殺人事件として捜査され、昨日の報道で現役警察官である夫が逮捕されるという急展開を見せました。
もし私がこの事件の検案を依頼されたらどうなったでしょうかまず、子ども二人は首に索状痕があったようですから、紐状のもので首を絞められたことによる窒息死、死因の種類としては他殺でよいと思いますが、母親の方は、練炭自殺でないことは司法解剖を待つまでもなく、死斑の色や心臓血のCO濃度ですぐに判っただろうと思います。もちろん頸部は注意して見ますので、首に何らかの痕跡を見つけただろうと思います。
殺人事件と言うことになると死後経過時間の推定は非常に重要となります。死後1日経っていない死体の場合は死後硬直の状態、死斑の固定状態、直腸温の下がり方などで推定されます。当初子供二人の死亡推定時間は午前0時から5時の間、母親は午前0時から9時の間と発表されましたが、何故子供と母親でこんなにずれがあるのか不思議に思っていました。無理心中だとすれば、母親が子供の首を絞めて殺し、その後自殺を図ったのだろうと言うことと、夫の6時45分に出勤するときには3人とも寝ていたと言う証言があり、母親は1階の台所で発見されたので、それ以後であろうと言うことから死亡推定がそれ以後の時間まで延長されたのであろうと類推しました。
しかし、子供二人の死亡推定が午前0時から5時の間で、通常4人揃って寝ているのに夫が子供たちが何者かに首を絞められることに気づかないはずはありません。この矛盾を説明するには誰かが嘘をついていることになります。嘘をつくのは死体ではなく生きている人間です。答えは明らかです。殺人事件で死亡推定時間が出た時点で夫が犯人だと確信していました。