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2018年04月06日
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カテゴリ:トライアスロン
最悪の一日
 2015年7月19日に行われたトライアスロンの大会でスイム競技中、二人の方が亡くなりました。ひとつは鳥取県の皆生で行われた日本で一番古くから行われている第35回全日本トライアスロン皆生大会、もうひとつは山形県鶴岡市の第30回温見トライアスロン大会です。
どちらも亡くなられた方は男性医師で、健康管理にはプロのはずなんですが、一体何が起きたんでしょう
かって、私がJTUのメディカル委員長をしていた時に、トライアスロン大会中の事故を纏めて報告したことがあります。その時には水泳中の事故は10件で11人の方が亡くなっていましたが、その後もどんどん増えて2015年には6件の事故が発生しました。まさしくその日は史上最悪の日となりましたが、嘆いてばかりではいけません。その後の調査で、1件目のケースでは一度えらそうにブイにつかまり休んでいるところを、監視員が声をかけていますが、本人が競技継続の意思を示したと言うことでその場を離れました。その1分もたたない後に浮かんでいるのが発見されたとのことで、プロである外科医が判断を間違うような急激な変化が起こったことが考えられ、私はこれまでのスイム中の事故原因に加え、海水誤嚥後の急性肺水腫の発症を考えました。それを追加して、2015年7月30日に、スイム中の事故原因と対策について纏めたのが次の文章です。
 JTUメディカル委員会はトライアスロンをメディカル面からサポートするのが仕事ですが、大会での重大事故の原因究明とその対策を考えるのも重要な仕事です。10年ほど前に、大会で起こった重大事故を纏めてその原因を考察しました。近年では4年前から毎年3月のフォーラムで死亡事例についての検証と提言が行われ、HPでも公表されています。(私の後を継いでメディカル委員長をしてくれている奈良医大の笠次先生が纏めてくれました)
http://www.jtu.or.jp/news/2015/pdf/jtuforum_medical_20150727.pdf
 
それでも今年に入って6件と異常な数の死亡事故が起こっており今、緊急の対策を立てなければいけない時期になっています。JTUとして纏まったレポートを出すのは各加盟団体に事故のアンケート調査を依頼し、その結果を取りまとめてという手順を踏んでいくとまだまだ先のことになりますので、取りあえず私の私見ですが、原因と対策についてのまとめを出しておきたいと思います。
日本のトライアスロンの歴史の中で30件以上の死亡事故が起こり、そのほとんどはスイム中の事故です。今回はスイムでの事故に限って述べたいと思います。
スイム中に起こる事故の原因として今までのところ考えられる全てを挙げますと、
1.荒天
2.低水温
3.サメなどの有害生物
4.クラゲなどによるアナフィラキシーショック
5.スタート時やコーナーでのバトル
6.体力消耗、体力不足、体調不良
7.過呼吸
8.錐体内出血による急性平衡失調
9.海水誤嚥による急性肺水腫
10.内因性疾患の急性発症
などがあります。
まず、1.と2.ですが、日本でのトライアスロンの歴史を見ると、創設期はロングの大会で始まり、体力への挑戦、自然への挑戦と言う意味合いが強く、多少の荒天や低水温をものともせず、ウェットスーツもまだありませんでしたが、着ること自体軟弱だと考えられていました。しかし、初期に起こった宮古島の地方大会で台風が来ているにも関わらず湾内だから大丈夫と挙行された大会で選手1名と救助船の救助員1名が亡くなると言う事故が起こり、大会前の協議実施検討委員会が必須のものとなりました。その後、荒天時にはコース変更やスイムを中止して第一ランに振り替えたり、場合によっては大会そのものを中止にする場合も出て来ました。また6.とも関係しますが、ウェットスーツは安全面で必須アイテムと考えられるようになり、一般の大会では着用義務あるいは着用推奨の大会がほとんどとなりました。
3.は日本での大会中にはまだ報告がありませんが、アメリカではトライアスロン練習中にホオジロザメに襲われて死亡した例もありますし、昨年三河湾ではトライアスリートがサーフィン中にサメに襲われて何十針も縫うけがをしたこともあります。また伊良湖のトライアスロンが行われる前に漁師がサメに襲われて死亡する事件があり、ネットを張って行った時もありました。宮古島の前浜はサメの多い海域としても有名です。
4.はクラゲやおかしな生物が大発生することがあり問題となることがあります。この点もウェットスーツの着用によりかなり防げるようになりました。選手への事前アンケート調査項目にもアレルギー体質についての質問が入れられるようになりました。
5.スタート時のバトルは私も伊良湖で恐い目にあったことがあります。泳げないどころか息継ぎも出来ない状態になることがあります。伊豆大島の2回目の大会でしたか宮塚英也がスタート時のバトルでリタイアしたこともありました。その後、スタートラインを広く取る、第一コーナーまでの距離を長く取る、泳力順の並びをさせる、ウェーブスタートの採用などバトル解消の対策が取られ、現在ではどの大会でもそれほどひどいバトルはなくなってきています。
7.何らかの原因で呼吸を必要以上に行うことがきっかけとなり発症します。パニック障害などの患者に多くみられますが、運動直後や過度の不安や緊張などから引き起こされる場合もあります。過換気症候群は、呼気からの二酸化炭素の排出が必要量を超え動脈血の二酸化炭素濃度が減少して血液がアルカリ性に傾くため、息苦しさを覚えます。そのため、無意識に延髄が反射によって呼吸を停止させ、血液中の二酸化炭素を増加させようとします。しかし、大脳皮質は、呼吸ができなくなるのを異常と捉え、さらに呼吸させようとします。また、血管が収縮してしまい、軽度の場合は手足の痺れ、重度の場合は筋肉が硬直します。それらが悪循環になって発作がひどくなっていきます。ひどくなると、頭がボーっとしたり、まれに失神したりすることもあります。そうなると海水誤嚥から窒息を起こし死に至ります。意識して呼吸をゆっくりにして治ればよいですが、出来なければ、ブイにつかまり救助を要請しましょう。
8.は2002年に宮古島で起きた2件の死亡事故で2件とも突然円を描いて泳ぎだしたり、異常な方向への泳ぎが見られたことから私がその原因として発表したものです。1963年に東京都監察医務院の元院長の上野正彦先生が溺死者の解剖をするとその約半数に錐体内出血が見られ、それが泳げる人の溺死あるいは背の立つところでの溺死の原因ではないかと発表しています。バトルや波の影響で水が耳管に入ると、嚥下運動などでその水がピストン運動をして内耳の圧が急変動することにより内耳(錐体内)で毛細血管が破綻して出血し、その結果急性平衡失調が起こり、上下左右が判らなくなるのではないかと言われています。それ以後、スイム監視員は泳ぐ方向がおかしい選手に気を付けるようにと言われるようになりました。
9.は最近私が注目している原因で、バトルや波などで海水を誤嚥してしまった後に起こる変化です。海水は体液の10倍ほどの塩分濃度があり浸透圧が高いために肺胞に入った海水が体液の水を吸って急激に膨張します。1ccの海水が体液の濃度と同じになるために約10ccに膨張すると考えられます。誤嚥した量にもより、その発現速度は違って来ますが、スイム中に急速に進行する場合もバイク・ランに移ってからだんだん進行する場合もあります。重要なことは進行とともに血液の酸素飽和度が下がってきて、そのうちに意識障害が出てくることです。スイム中だと意識障害→海水誤嚥→窒息→脳死→心停止にいたります。本人は意識障害が出るまでその重大性に気が付かない可能性があり、たとえ医師でも判断を誤るかも知れません。もし海水を誤嚥したら、出来るだけ咳をして海水を出すこと、競技を中止して救助を要請すること、スイム監視員は咳をしている競技者を見つけたら眼を離さないこと、もし意識を失う兆候があれば即救助して、岸まで連れて行く前に呼気吹き込みなどの強制換気を始めることが必要です。
10.はいろいろな外因を除いて最後に残るであろう原因ですが、心筋梗塞や不整脈などの心疾患、大動脈瘤破裂などの大血管疾患、脳卒中などの脳血管疾患などが原因となりますが、トライアスロンで特に頻度が高いものとは思われません。しかし、スイム中に起こった場合にはその時点では呼吸をしていますので、意識消失が起こると、海水誤嚥→窒息→脳死→心停止に至ります。陸上ならば救命可能な発作でもスイム中であるが故に致命的となります。死亡事故が起こると当然警察による検視が行われますが、東京都23区を除き、日本では死因究明のために解剖までされることはありませんので、原因が内因性疾患であっても最終的に溺死とされる場合もあります。今までに大会中の死亡事故で解剖をされたケースは宮古島の1件だけでこの場合は溺死でした。
いったん事故が起こると、管理責任を問われて遺族から提訴され、その後の大会開催そのものが出来なくなることがあります。串本での事故の後、和歌山県では10年以上にわたり大会開催が出来ませんでした。
以上、これまでの事例から起こりうるスイム中の事故原因を挙げ、その対策について言及しました。トライアスロンに参加される選手の皆さん、自分の身を自分で守るために、また大会主催者の方は起こりうる事故を未然に防ぐようにしっかりとした運営体制を築いて下さることを祈念します。
私は愛知県トライアスロン協会副理事長から理事長、副会長となり、日本トライアスロン協会理事、日本トライアスロン連合理事を歴任し、JTUではメディカル委員長も4年ほど務めさせていただきました。(2015年7月30日) 





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最終更新日  2018年04月06日 05時49分21秒
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