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2019.05.15
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テーマ:思うこと(3070)
カテゴリ:構造物
© Diamond, Inc 提供 伊藤製作所のフィリピン工場。伊藤社長の誕生日を祝う誕生会の模様
フィリピンの大卒新人は
日本人よりも優秀
 給与や待遇次第で転職することが当たり前のため、進出企業を困らせているフィリピンにおいて、1995年に設立以来、勤続21年という社員が10人もいて離職率が低いことから、大企業も視察に来るという金型・精密プレス加工のメーカーがある。三重県四日市市に本社を置く、伊藤製作所である。
 現在、フィリピンとインドネシアに生産工場を持ち、前者が120人、後者が70人の従業員を抱えている。グループで海外売上高比率は20%を超え、フィリピン工場は全利益の30%以上を稼ぎ出してくれる優良企業である。
 同社社長の伊藤澄夫(76歳)はこう語る。
「うちの強みは従業員が辞めないことですね。本社を含めて3社ともほとんど辞めない。2年に1人くらい退職する者もいるが、親の介護などが原因で、会社が嫌で辞める人はいません。だから、一流の技術者が育つんですよ」
 伊藤製作所は順送り金型を製作し、その金型で精密プレス加工を行う専門メーカーだ。取引先は自動車部品メーカーがほとんどで、すべて「ティア1」(1次サプライヤー)の大手ばかりだ。
 順送り金型とは、抜き打ち、穴開け、せん断、曲げ、絞りなどの工程を同時に行うことができる型で、単発型に比べて高速で無人加工できる。ただし、それだけ金型が複雑になるため、製作に熟練が必要となる。時間をかけて技術者を育成することが大事なのである。
 通常、高度な金型は日本人の技でないとつくれないといわれてきたが、伊藤製作所のフィリピン工場には優れた技術者が多い。フィリピンでも複雑な順送り金型の設計・製作が可能になったため、創業7年目に本社技術者が2名帰国できたことで、利益が急増した。
「フィリピンでは優秀な大卒者を選別して採用できるので、助かっています」と伊藤は喜ぶ。同国でも日系の大手自動車部品メーカーとの取引が中心で、高品質のプレス部品を低コストで調達できると取引先から高い信頼を得ている。
 技術者だけでなく、有能な管理職も育っており、これまで日本人が社長を務めていたが、2017年6月には現地の女性社員、ローズ・アンドリオン氏を社長に任命した。
「ローズは公認会計士の資格も持つ優秀な社員で、本当に頼りになります。100%海外資本で、フィリピン人が社長という会社は珍しいでしょう。フィリピンでは男性より女性の方がよく働き、当社では課長以上の管理職10人のうち8人が女性です」と伊藤。
 2013年にはインドネシアにも進出し、現地の財閥であるアルマダ社と合弁(伊藤製作所51%出資)で現地法人を設立。順送り金型製作とプレス部品加工を手がけ、今期から黒字化の見通しが立った。
漁網機械の部品製造で創業
父の命令で金型製作開始
 2017年1月に安倍晋三総理がアジア4ヵ国を訪問した際に、伊藤も経済ミッション団の一員に招待された。安倍総理はハノイでの記者会見で、伊藤製作所について言及し、「日本の技術を単に持ち込むのではなく、人を育て、しっかりとその地に根付かせる。これが日本のやり方です」と同社を讃えると共に、日本企業の海外進出のモデルであると認めた。
 だが、ここまでくるのに順風満帆だったわけではない。
 伊藤製作所は、父親の正一が終戦の1945年に設立し、漁網機械の消耗部品を生産し、世界一のシェアを握るまでに成長した。伊藤は小さい頃から、工場で働く職人を両親が大事にする姿を見て育った。
「父は『職人さんがいるから学校にも行けるし、飯も食べられる。感謝しろ』とよく言っていました。職人のために風呂を沸かすのは私の役目で、小学校からずっとやっていました。働く人を大切にしなければならないという考え方は、その頃の影響もあります」
 当時、漁網機械はよく売れたので業績は安定していた。だが、正一は先を見る目に優れ、今後は漁網機械より金型が必要な時代になると、1963年から順送り金型製作にも乗り出し、大学を卒業して65年に入社した伊藤に金型の新事業を任せた。
 ゼロからの立ち上げで苦労し、納品と返品を繰り返しながらも次第に品質を評価されるようになり、利益が出るまでに7年間もかかった。その後は、少数精鋭で生産性を上げることに力を尽くし、業界で先駆けて、NC加工やCAD/CAM、大型マシニングセンターなどを導入。高性能のプレス機を年間5台ずつ買い増すなど設備投資を行い、少人数のオペレーターで生産できる体制をつくり上げた。
フィリピンに着目して進出
中国を選ばなかった理由
 伊藤は、漁網機械の営業で海外の顧客先を訪問していたことから、海外進出にも興味を持っていた。1985年のプラザ合意による円高で、金型やプレス加工の取引先が海外に流れ始めたことから、当初、タイへの進出を検討した。ところが、急速に日本企業の進出が増え、土地取得も人材採用も難しくなった。
 そこで、漁網機械の取引先があったフィリピンに着目した。当時、フィリピンには順送り金型の日本メーカーはまだ進出しておらず、人材採用もしやすかった。交流のあった中国系フィリピン人を頼って、95年に合弁会社を設立した。
 中国も人件費の安さから当時、投資先として注目されていたが、伊藤は「反日感情が強く、商習慣や税法が西側と違う」ことを理由に避けた。
 海外進出の突破口を開くのは経営者の役割だが、実際に工場を立ち上げる段階になると、営業から技術、生産、人事、総務まで精通し、語学も操れるマルチ人間が必要になる。中小企業ではそうした人材が不足している。
 伊藤には右腕ともいうべき幹部がいた。その加藤美幸を副社長として送り込むと、期待通りの活躍で1年もかからずに現地で金型が製作できるようになった。
現地人の心の機微をつかんで
モチベーションアップに成功
 ようやくフィリピンでも利益が出るようになった7年目に新工場を建設するため、建設業者に前金を渡した直後、加藤が急逝した。優れた技術を持った彼の死で、合弁相手は継続できないと資本金の返却を求めてきた。
「これまで楽しくて、苦労など感じたことはない」という伊藤も、このときばかりはショックを受け、撤退を考えた。
「建設現場に行ったときには、絶大な信頼を寄せていた片腕をなくし、涙が出て止まりませんでした。次の駐在員をどうするか、現地の社員は続けてくれるのか。全く先が見えませんでした」
 眠れない日が続き5キロも痩せた伊藤は、後任の副社長にまだ若手の営業課長を指名、アメリカの大学を卒業した長男を通訳として帯同させ、設計とベテラン技術者の計4名を送り込んだ。
 新工場への移転で7割の社員が退職することになっていたが、合弁を解消し、完全に日本の資本になると知った社員が一転、「100%日系なら残りたい」と全員が言い出した。実は中国系フィリピン人の見下したような指導方法をみな、快く思っていなかったのだ。こうして2003年に再出発した会社は、社員のロイヤリティが高まり、順調に成長した。
 伊藤は現地社員と同じ目線で付き合い、父親のように接し、心の機微を掴みながら、モチベーションを高めてきた。
 たとえば、フィリピンでは給料を渡すと、家族・親族などに振る舞って使い果たしてしまう習慣があるので、月2回に分け、給料とは別に毎月20キロのコメを支給している。社員の家庭を思ってのことだ。
 国民的祝い事のクリスマス前には、1ヵ月分のボーナス支給が国で定められているが、同社ではさらに利益の10%分を配分することにしたところ、大喜びで生産性が上がり、翌年から目に見えて利益が増加したという。
 会社のクリスマスパーティーには毎年必ず伊藤と本社社員も参加し、チームごとのダンスコンテストで一緒に盛り上がる。誕生日パーティーも重要なイベントなので、社員の誕生日には家族で食べられるようにケーキとフライドチキン5人前をプレゼントする。
「ちょっとした気遣いが重要なのですが、こういうことは大企業の社長だと自由にできないでしょう。中小企業の経営者だからできるし、人材で苦労してきたから社員のありがたさがわかっているんです」
 だが、その一方でルール遵守、不正などには厳格に対応し、アメリカ流のドライさも必要だという。たとえば、ある社員がわずかな金額だが領収書を改ざんしたとき、現社長のローズ氏が即座にクビにしたという。
「そこまでやらなくても、とは思ったんですが、抑止力になるとローズが言うんです。日本人がやるとカドが立つが、現地の幹部がやってくれるからありがたい」
 優秀なローズ氏には数社から引き抜き工作もあったが、「伊藤さんは業績が上がればそれに見合った待遇をしてくれる」と誘いを断ったという。現在、ローズ氏にはローカルの役員給与より60%増しほどの額を渡している。
インドネシアの財閥から熱視線
合弁会社ですぐに金型技術を確立
 こうした伊藤の経営スタイルに興味を持ったのが、インドネシアの財閥であるアルマダ社のオーナー社長だった。伊藤は当初、インドネシアへの進出は考えていなかったが、アルマダ社が社長自ら熱心に合弁会社設立を求めた。工場用地も建物も用意し、利益が出るまで無償貸与、幹部社員と日本人駐在員の給与も設立準備期間の10ヵ月分は負担し、事務所も寄付するという、信じられない好条件を示してくれたことで、進出を決断した。
 だが、日本から技術者を派遣する余裕はない。そこで、フィリピンの技術者に声をかけたところ、全員がインドネシア派遣を希望。最終的に日本人1人とフィリピン人技術者4人を送り込んだ。アルマダ社側は「日本人から金型技術を学びたい」とごねたが、その実力ぶりに納得、なんと2ヵ月後には高精度の金型がつくれるようになり、たった1年間でインドネシア人に技術を伝授して帰国した。同社は4年目にはインドネシアでも指折りの技術を持つようになった。
「日本人技術者を派遣すると諸経費を入れて1人年間1200万円は必要ですが、フィリピン人なら現在の給与に同額を上乗せして派遣してもコストをかなり低く抑えられるので、助かります。しかも、彼らは英語力があり、インドネシア人も大卒クラスは英語がペラペラなので、コミュニケーションが緊密にできるのです。だから、技術の習得も早い」
 インドネシアでも大卒が採用しやすく、しかも優秀で、フィリピン人以上に家族的な経営を喜ぶ。しかし、問題もある。道路の渋滞のひどさや、日本人向けの娯楽、食事などの高額さ。また、役人の不正や法律・税制の不備で、赤字でも税金を徴収されるという。機械を輸送したときには、港で3ヵ月近くも留め置かれ、早く引き取りたいとクレームを付けると、1台当たり数十万円を要求された上に、高額な保管料も請求された。
「インドネシアの発展のためには、こうした理不尽な状況を正さないとダメですね」
アジア企業の技術力向上で
海外進出の猶予はわずかに
 伊藤は海外進出のメリットとして、「レベルの高い社員の採用」「日本企業への評価」「日本での受注の波を調整する役割」「現地技術者の成長による利益貢献」などを挙げたが、台湾、中国、韓国などの企業の技術力向上が速く、進出するなら早くしないと間に合わなくなると警告する。
「国内でAクラスかBの上クラスの技術力がないと、成功は難しい。しかも、のんびりやっていてはダメで、海外進出のノウハウがある人を採用するなどして、手際よく進めるべきです」
 そのためにも、事前の情報収集が大事と伊藤は力説する。
「進出したい国の同業や市場環境を十分に調べることです。社長自身や担当役員は最低10回は情報収集に行かないとダメ」と語る。自ら年間100日間は海外に滞在したという、伊藤ならではのアドバイスだ。海外進出に残された時間は少ないようだ。
(本文敬称略)
(取材・文・撮影/ルポライター 吉村克己)
株式会社伊藤製作所
事業内容:順送り金型設計製作、プレス部品加工、部品組立
従業員数:グループ310人(うち本社120人)
所在地:三重県四日市市広永町101
電話:059-364-7111
売上高:グループ約47億円(2017年度、うち本社37億3000万円)
URL :http://www.itoseisakusho.co.jp/
-DIAMOND online 吉村克己 2019/05/14 06:00 より一部抜粋-

当然苦労はしていますが、先見の明があります
日本出資の会社に変えたら辞めると言っていた社員が戻ってきたのはありがたいですね





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Last updated  2019.05.15 20:30:08
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