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男の腕に ROLEX パールマスター 39 86348SABLV 夜明け前の雨のなか、南さんの白い軽トラックが、工場の敷地に入ったところでハザードランプを点滅させていた。 荷台にかぶせたシートに雨がはげしく飛沫をあげている。 搬入口の照明を灯すと、南さんは窓から顔を出し、軽トラックをバックさせた。 工場の搬入口といっても、要はコンクリートに囲まれた天井のある駐車スペースで、広さは四トントラック一台が十分おさまる程度。ここにドアが一つあって工場の倉庫に続いている。 オーライ、オーライ、はいストーップ。 タイヤが止まる。誘導なんかしなくても軽トラックなら楽に入るスペースだが、これもコンプライアンスというやつだ。 サイドブレーキを引く音が聞こえ、つづいて軽トラックの運転席のドアが開いた。 つばのある緑色の帽子に作業服姿の南さんが車を降りてきた。 「今日はゆっくり出てくるのかと思ったよ」 おはようございますの挨拶のあと、荷台シートのゴムバンドをはずしながら南さんが言った。僕も反対側のゴムバンドをはずしにかかった。 「雨だからですか?」 「そうじゃくて。おまえ今日、誕生日だろ」 手が止まった。日付がすぐに頭に浮かばない。ひょっとしたらそうかもしれない。 僕の誕生日。 そんな日もあった。 「誕生日も忘れてたのか。ますます人間らしい生活から遠ざかったな、西田」 「憶えてますよ、誕生日くらい」 荷台シートをはぐると、何段にも積み重ねた青いプラスチックケースが現われた。 そこには、鼻の奥がツンとする、いつものにおいがあった。 搬入口のドアを開けた。 一番上のケースを南さんが、かかえ上げる。 次のケースをかかえようと、軽トラックに近寄った時、南さんが言った。 「やもめ暮らしだからだよ」 「なんです?」 「自分の誕生日さえ忘れるのは、やもめ暮らしだからだよ。早く嫁さんもらうんだな。もう四十も過ぎてんだろ」 「時給八五〇円ですよ。家族なんかとてもとても」 僕と南さんとでプラスチックケースを搬入口の中に運び込む。ケースの中から、コオ、コオ、と籠った声が漏れてくる。 いつもよりケースの数が多いと気付いたのは、ケースを運び終える頃だった。 案の定、すっかりケースを運び終えると、南さんが伝票を切った。 「今日は七十だから、朝は四十。昼からはいつも通り三十だな」 「ちょっと待ってください。七十ってなんですか?」 僕が悲鳴をあげたせいで、南さんはとび上がった。 「工場長から聞いてないのか?」 「聞いてませんよ。そもそも、いつもの六十でも精一杯なんです。七十なんて無理ですよ」 「そうか。そうかもしれんな。だけど、おれは工場長の指示通りに運ぶだけだから。あとで工場長とゆっくり話をしてくれ。ほら伝票」 仕方なく伝票を受け取る。 なんだか、南さんのしわだらけの日焼けした顔が、憎らしげに見えてきた。 前日の午後に処理した分を積み込んで、南さんの軽トラックが出て行くと、一人ぼっちになる。 七十となれば、腹を立てている暇もなかった。 急いで頭からすっぽり被る白い衛生服に着替えてマスクをし、両手に長い手袋を装着、消毒剤を全身に噴霧した。 処理室に入り、室内の照明を点灯する。 湯浸け機のスイッチを入れて、注水を開始。 注水の間、隣接の倉庫にたった今搬入したプラスチックケースの中身の検査にとりかかる。 積み上げられたプラスチックケースの中身はすべて、生きたニワトリである。 ニワトリと一言でいっても、永年の歴史を持つ家禽だけに、その種類も膨大である。 そのうちこの食鳥工場に運ばれてくるのは、この地方特産の銘柄鳥で、赤色コーニッシュと九州南部の地鶏との交配種だ。 たとえば、ブロイラーと称される白色プリマスロックと白色コーニッシュとの交配種や、JASに記載された地鶏、鶏卵を採るためのレクボンなどは搬入されない。 プラスチックケースの一つを床におろして、フタを開ける。 ケースの中のトリたちは、みんな全身が火焔のように赤く、頭部に恐竜時代の名残のような赤い鶏冠を立て、喉もとにも肉髭という赤い皮膚を垂らしている。 オスは鶏冠が大きく、メスは小さい。 喉を鳴らしながら、急にまぶしくなった室内を金色の美しい眼で、珍しそうに見まわしている。 搬入されたトリは全部で四十羽。 チアノーゼが出ているものはないか、変な病気を持っていそうなものや削痩のひどいものはないか、一羽一羽チェックする。 全羽のチェックが終わってから、プラスチックケースを三つほど、処理室に運び込む。 フタを開け、トリの首をすばやくつかんでさかさにし、チェーンと僕らが呼んでいる巨大機械のレールの金具に、その両脚をかける。 機械といっても、電源は入っていない。 電源を入れても動かない。 早い話が故障しているのだ。 さかさになったトリは、コケコケ啼きながら、赤錆色の翼を打ちはじめた。 「心配しなくても平気だよ。すぐ終わるからね」 僕は、さかさになったトリにやさしく微笑みかけ、同じような具合に、四羽のトリをつづけてさかさに吊るした。 クリックをお願いします↑ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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