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>>その一 から読む 顔に痣を作って登校した裕司に、担任の山本先生は、ちょっと息を飲んだようだった。 だが、何も言わずに出席をとった。 山本先生が、裕司と二人で話をしたのは、ホームルームが終わってからだった。 僕はそれを、遠目に眺めながら、ロマンスを知らないサルという、マミーの言葉を思い出した。 マミーは、宇奈月の稲作農家で生まれ育ったが、その頃の話をしてくれたことは、一度もない。 マミーの思い出話の舞台は、いつもロサンゼルスだ。 歌姫だったマミーは、その街で、いくつものロマンスを経験したらしい。 華やかなロマンス。 切ないロマンス。 マミーの語るロマンスの相手は、いつも西洋人で、音楽家だったり、芸術家だったり、情熱的な実業家だったりした。 僕はハーフでなく、生粋の日本人だ。 そして父親が誰なのか、知らない。 午前のいくつかの授業では、期末考査の答案が返され、答え合わせがあった。 僕はおおむね、満足のいく点がとれていた。 中には満点に近い教科もあった。 裕司はといえば、答案が返されると、すぐに折りたたみ、机に突っ伏して、寝てばかりいた。 この暑いのに、寝られるわけねえよな、寝たふりだよ、あれ。 そんな声が、教室の中で、密かに交わされた。 そんな時、僕はいつも黙っている。 後ろの席の少年が、僕の答案を覗いて、恭平、おまえすげえな、と言った。 それを聞いて、前の席の少年も振り返った。 午後の最初の授業は、理科だった。 まだ採点が済んでないので、次の授業で答案を返す、と男性教師は言った。 授業の途中で、突然、空が暗くなり、雨が窓をたたき始めた。 窓際の席の生徒たちが、あわてて教室の窓を閉めた。 理科の先生は、ゆっくり教壇をおりて、教室の蛍光灯をつけた。 窓の外が、いっそう暗くなったように思えた。 「進化したから、飛べるようになったのか。 飛ぼうと志したから、進化できたのか」 理科の先生は、そんなことを語りはじめた。 「あるいは、飛ぶ使命を与えられた者に、飛ぶための条件が、併せて与えられたのか」 僕は耳を澄ました。 「ともかくも、現実に鳥は、空を飛んでいる」 理科の先生はそう言った。 そして話題を変えてしまった。 授業のあと。 階段を箒で掃いていると、カバンを肩から提げた裕司がやって来て、黙って階段に腰かけた。 裕司がこうして待ってくれる時は、一緒に帰ろう、という合図だ。 (さっさと、先に帰れよ) ちょっとだけ、うんざりした気持ちになる。 自在箒で、丁寧に、階段の隅の埃を、掃き取っていく。 女の子が、塵取りを持ってくれた。 「恭平のおかあさん、ロス育ちって、本当?」 一瞬、口の中に、砂の味がした。 クリックをお願いします↑ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2018.11.29 22:49:31
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