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>>その一 から読む 「入ってみて」 裕司が、ベニヤ板の塀の扉を、顎でしゃくった。 鍵は、かかっていなかった。 なんとなく不吉なものを、僕は感じた。 不吉 というのが不適切なら、 不穏なもの と言い直してもいい。 僕は震える腕で、ノブを握り、静かに扉を引いた。 神木の幹には、いろいろなものが、釘で打ち付けられていた。 いちばん多かったのが、大小の藁人形だ。 そのほか、人の型に切り抜いた紙や、ぬいぐるみなどもあった。 履物やストッキングなど、脚に関係するものが、いくつも釘に打ち付けられていた。 藁人形や、人型の紙には、呪いたい人物のものと思われる、名前、住所、年齢などが、うすい墨で記されていた。 一つの藁人形に、太い釘が、縦に三つ、四つと、打たれていた。 赤い水着の、女性の写真もあった。 女性は若く、海を背にして、笑顔を見せていた。 その胸元を錆びた太い釘が、斜めに貫いていた。 写真に記された住所は、遠い町のものだった。 結婚式の披露宴を撮った写真もあった。 写真は三枚で、同じ会場で撮影したものらしい。 三枚とも、新婦の顔に、容赦なく太い釘が打たれていた。 写真からは出るはずもない血が、新婦の顔から、溢れているように、僕には見えた。 我慢できなくなって、僕は塀の外に出た。 あとをゆっくり追ってきた裕司が、恭平の耳もとで、な、すげえだろ、と自慢げに言った。 僕は吐きそうになった。 裕司があわてて、僕の口を、手で覆った。 「神域だぞ、吐くな」 だが、ますます吐き気は強くなった。 ばか、我慢しろ、裕司の声が、かすれた。 神木のそばにいることに耐えらず、僕は、拝殿のところまで、口を押えたまま、夢中でもどった。 草を踏む音を立てて、裕司が、うしろからついてきた。 「あれが、おれの心の中の風景だ」 僕はうつむいたまま、裕司を横目で見た。 「裕司も、あそこで――」 「しねえよ。おれが親をやる時は、神仏に縋ったりしねえで、直接やる」 裕司は、僕の先を歩きはじめた。 「はじめて扉を開けて、あれを見た時、おれ、窓の外から、自分を見た気がした。 おれの中にあるのは、憎しみだけなんだ。 顔色が悪いな、恭平。 イヤな気持ちになったんなら、ごめんな」 参道をもどり、石の階段を、僕と裕司は、黙って下りた。 蝉はまだ、やかましく鳴いているはずだが、僕の耳には届いてこなかった。 「あれがおれなんだ」 裕司はくり返した。 「おまえにあれを見てほしかったのは、おれが殺人者になった時、一時的にカッとなったとか、勢いでやったとか、そんなふうに思われたくないんだ。 おれは、あの神木に打ちつけられた、憎しみそのものなんだ。 な、おれがマジだと、わかったろ?」 空は、夕方の色になっていた。 アスファルトの蒸れたにおいも、もう消えていた。 裕司は、交差点を渡って、踏切のある夕暮れの街に、消えて行った。 クリックをお願いします↑ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2018.11.29 23:01:31
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