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カテゴリ:日替わり日記
阪神大震災の折には友人と、貨物用バンに飲料水入りタンクやカセットコンロ、レトルト食品など支援物資を満載して、無謀にもうねったデコボコ道をパトカーに先導されて三日目に神戸に居た。 しかし現地は、我々のようなボランティアを受け入れ整理するだけで混雑しておりそれらの対応だけでも行政は大変だろうと感じた。2回目以後は炊き出しに切り替えた。 この震災がボランティア元年と言われ、暴組の前で、ヤーさんたちも慣れない手つきで炊き出しをしていた。 東日本大震災は、被災地支援の市民グループに参加して、原発のあった地域の町ぐるみ避難場所となっていた会津若松を起点にして、十回ほど何らかの支援に訪れただろうか。行く度に「今、必要なもの」の要望をまとめ、次の便に乗せるよう工夫するなど、ようやく活動が手慣れてきてと感じた。 当時は若かったメンバーもだいぶ高齢化して、今回はまだ具体的な計画を立てていないが、ボランティアはただ駆けつければ良いというものではなく、現地の状況によって刻々と変わってゆくので、現地と連絡をとりながらの支援活動をしてゆく必要がある。
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