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母との外出から車で帰ってくると、家の前の通りに血を流してバッタリ倒れている野良にゃんこが。 広くはない通りなのだけれど、抜け道として利用される事が多く、スピードを出して通っていく車が多い。そんな一台に轢かれてしまったのだろう。 もう息をしていないのではないかと思ったが、良く見ると、口から血を流しながら、少しだけ四肢とシッポを動かしている。 母も私も胸を衝かれて、一瞬声が出なくなった。 「ママ、どうしよう、まだ生きてる。すごく苦しそう」 「獣医に早く連れて行くのよ。できるだけのことをしてみよう」 「動かしたら死んじゃうよ」 「ここに来てくれないか電話してみる」 散歩仲間であるネコ好きの友人に電話をかけ、動物病院の緊急番号を教えてもらう。電話に出た獣医は、夜間ということで自分ひとりしかいないので、診療所を空にすることができない、何とかしてこちらに連れて来て貰わなくては無理、とのこと。何とかこちらが連れて行くしかない。 ヘッドライトの明かりの中で、にゃんこの体が苦しそうにねじまがったと思うと、突然大きく何度か痙攣した。 「大変、早くしないともう死んじゃう」 「家から箱をとってくるから、他の車に轢かれないように見張ってて」 路肩に車を残して、母が家の中に駆け込み、私はにゃんこのそばに走り寄る。 にゃんこはピクリとも動かない。鼻や口から流れた血が、道路に血溜まりをつくっている。 情けない話だけれど、何が怖いのか自分でも判らないのだけれど、恐ろしくて、手を伸ばして触ってやる事もできない。 立ち尽くしていると、駅の方向から、自転車に乗った巡査が近づいて来た。 「猫の死体があるって連絡があったので、片付けに来たんですが」 「まだ生きているんです。少なくとも、ほんのちょっと前までは生きていたんです」 箱を持った母が家から出てくるのと同時に、さっき電話をかけたネコ好きの散歩友達が自転車で駆けつけてきた。 「もう息をしていないように思えるけれど、どうしますか?」 4人で相談をして、もう死んでいるかもしれないけれど、ちゃんと確認するためにも獣医に連れて行こう、もう助からないのに、もしまだ虫の息で生きているとしたら、苦しまないように注射をしてもらおう、ということになった。 意気地なしの私に代わって、巡査と母の友達が、セーターを敷いた箱の中ににゃんこを横たえてくれる。子猫ではないけれど小柄な躯は、箱の中にすっぽりと収まった。 箱を受け取って、母と車に乗り込む。友達の先導で、先ほど電話した動物病院に向かった。 夜間担当の若い先生は、迷惑そうな顔もせず、入り口の鍵を開けてくれた。診療台の上で箱を開き、柔らかな手つきでにゃんこの外傷をチェックし、聴診器を当てる。 「お宅の飼い猫ではないのですよね? 野良ちゃんということですよね」 「そうです」 「可哀想ですけれど、もう心音も止まっているし、瞳孔も開いてしまっています」 「…」 「時間が経っていないので、まだ身体は温かいんですが…」 そっと手を伸ばして、薄茶にグレーの入った縞々の柔らかな毛皮に触れる。先生のおっしゃったとおり、小さな身体の温もりが伝わってきた。 「ごめんね、助けてあげられなくて…」 どんなにびっくりしただろう。どんなに痛かっただろう。どんなに恐ろしかっただろう。 「ごめんね、意気地がなくて、すぐに手を伸ばしてあげられなくて」 母も、母の友人も、手を伸ばしてにゃんこの身体をさすってあげている。 「可哀想にね…。怖かったね…」 「次は幸せに生まれてくるんだよ」 翌朝にもう一度ここに最後のお別れに来て、その後動物の霊園に連れて行っていただけることになる。本当は一晩だけでも家に置いてあげられたら良いのだけれど、我が家の犬はてんかん持ちで各種の予防注射を受ける事ができず、野良ちゃんだったにゃんこを連れて帰るのが心配だということで、今夜はこちらに置いていただくことになった。「明日までにシャンプーで血などを洗い流して綺麗にしてあげておきますね」と言っていただき、とても救われた気持ちになる。 * * * * * 27日朝、ラナンキュラスの花束と、庭のパンジーの小さな花束を持って、にゃんこにお別れをしに行った。 昨日と同じ先生が迎えてくださる。新しい箱の中で白いタオルに包まれて、これまで何度も通りで見かけた綺麗な縞々のにゃんこが横たわっている。持っていた花をにゃんこの周りに並べる。 霊園への埋葬申込書を確認した母が「先生、ちょっと…」 「?」 「この申込書、名前が野良ちゃん、となっているのですけれど…、変えていただいても大丈夫でしょうか?」 「もちろんですよ」 「死んでしまってからであまり意味はないのかもしれないけれど、ちゃんとした名前をつけて、呼んであげたいから」 may、何か良い名前を考えてあげて、と言われ、私もしばらく考える。 「トビはどうかなあ。毛皮が鳶色だし、飛び猫みたいで可愛いから」 「そうね、トビにしましょう」 「トビ、助けてあげられなくてごめんね」 「トビ、生まれ変わったらウチの猫になりなさい」 トビ、お空の上のお花の沢山咲いている野っ原で、車を心配することなく、心行くまで転げまわって遊べますように。 ヘッドライトの光の輪の中で力なく揺れた縞々のシッポ、きっとずっと忘れないよ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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