『劔岳 点の記』
『劔岳 点の記』という映画を観に行った。明治時代、まだ劔岳が未登頂だった頃、正確な地図を作るために三角点を設営すべく、命をかけて登頂を目指した男たちの物語だ。ところでこの作品に関するある話を、以前たまたまテレビで耳にしたことがある。それは、「CG・空撮は一切ナシ」ということだった。なるほど、今日びこういう類の撮影には、CGや空撮を使うのが常識になっているのだろうから、逆にリアリティにこだわるが故に、監督がそのように決めたのだろう。ただそれを聞いて私は即座に、「そんなの絶対無理!!」と思わず叫んでしまった。というのも、私もちょうど30年前にその頂に立ったことがあり、その峻嶮さを肌で知っているからだ。とにかくこの山は登るだけで精一杯、余計なことなどしている余裕はないのだ。しかし重い機材も担ぎ上げなければいけないし(ある程度までは空輸するかもしれないが、降ろせる場所は限られるだろう)、一歩間違えば滑落の危険も伴う。文字通り“体を張った”撮影だったということは、スクリーンからも充分に窺える。なんでも監督が、「これは撮影ではない。“行”である」と言ったそうだが、明治時代に粗末な装備と乏しい情報で、無謀とも言えるチャレンジをしたのと同じことをするのである、これが「難行・苦行」と言わずして何と言おう。出演者たちが「今までで最も辛い撮影だった」と言っていたそうだが、身体的な辛さに加え、変わり易い山の気候にも左右されがちな撮影スケジュールも、充分にストレスの種になったことだろう。美しく且つ厳しい北アルプスの大自然、そこにへばりつきながらもがき苦しむ人間のちっぽけさ、そんなちっぽけなことに命を賭ける男たちの矜持.....................そのいずれもが限りなく「リアル」なのだ。余談になるが、私が30年前に登頂した時には、あいにく一面の霧の海だったので、山頂からの眺望がまったくのゼロだったことが今でも残念に思われる。だから今回の映画では、あのときの「疑似体験」をさせてもらうつもりで見入っていた。