野球協約を変えた男
今年の夏の高校野球県予選、長男の高校は1回戦でサッサと敗退したが、その後たまたま何試合か観戦する機会があったらしい。そんなある日、彼が帰宅するなり開口一番、「アイツ、ナマで見てきた!かなりヤバイ!」と、興奮の面持ちでまくし立てた。もちろんこの場合の「ヤバイ」はいわゆる“現代若者言葉”で、「スゴイ」という意味だ。その「アイツ」とは、近大高専の鬼屋敷正人捕手である。ムスコが目の当たりにしたことをそのまま言うと、「二塁への送球が、座ったままでもピッチャーの顔の高さ」なのだそうだ。どういうことかと言うと、普通キャッチャーが二塁に送球するときには、山なりのボールなどではなく、ピッチャーの顔の高さくらいの直線の軌道でピュッと投げないといけない。そのためには普通なら、立ち上がってカラダ全体を使って投げないと、いい球は投げられない。ところが鬼屋敷捕手は座ったままの状態で、そんなピュッとした送球をするというのだ。年は2歳違うとはいえ、同じ高校生捕手のムスコとしては、よっぽどカルチャーショックを受けたようだ。この時点ではそれほど騒がれてはいなかったが、こりゃ確実にプロ入りするだろうな、という予感は持った。案の定それからしばらくして、ドラフト候補生としてにわかにクローズアップされてきた。しかしここでひとつ問題が持ち上がる。野球協約によると、ドラフトで指名される選手(学生)は「翌年3月に卒業見込みの者」となっているが、鬼屋敷捕手は5年制の高専の3年生なので、もちろん来春には卒業しない。ということは、そのままではドラフトで指名できないということだ。何だかこんな矛盾がよく今まで罷り通っていたものだ、とも思うが、それだけ今まで「野球技能に優れた“高専生”」というのが皆無だったのだろう。そこで今年の8月にNPBは理事会を開き、高専の3年生を特別にドラフトで指名できるように、野球協約を変更したのである。まさに彼が野球協約を変えたといっても過言ではないのだ。そして彼は昨日のドラフト会議で、晴れて巨人に2位指名された。彼の今後に期待したいと思う。とはいえ、ホンネとしてはドラゴンズに先に指名して欲しかったのだが。ただひとつ気になるのは、彼が高専の残りのキャリアをどうするかだ。もし中退するとしたら彼の最終学歴は「中卒」になってしまうが、今の時代、後々のことを考えると「中卒」というキャリアでいいのかどうか、ちょっと判断に苦しむかもしれない。かといって高専のように、それなりに勉強もキチンとしなければいけないところだと、学校に籍を置いたままプロ野球選手として活動するというのも、あまり現実的ではないと思う。もっとも彼自身のことだから周りがとやかく言うことではないのだが、今後プロを目指す高専球児のパイオニア的存在として、否が応にもその判断は注目されるだろう。あと余談であるが、「鬼屋敷(きやしき)」という苗字は極めて珍しい苗字だ。字面も発音もちょっといかめしい感じで独特の存在感があり、名前だけでも充分「プロ向き」だと思う(笑)。しかしこんな名前だと、いったいどんな豪邸に住んでいるんだろう、などという勝手な想像もしてしまいたくなるが、そちらの方も別の意味で興味があるね。