反アマゾン主義
「アマゾンでついポチっと...」というフレーズをよく聞く。それだけアマゾンが多くの人に利用され、日常生活に深く浸透している証だろう。ただ私は、ほとんどアマゾンを利用しない。利用するとしたら、何かしら欲しいモノがあってググったら、アマゾンのサイトくらいしか手段がなかった、という時ぐらいだ。特にアマゾンの本分(?)である書籍やCDは、まず買わない。なぜアマゾンを利用しないか?タネを明かせばバカみたいな理由なのだが、「便利すぎる」のが引っかかるのだ。書籍もCDも、検索するときにはもっぱらアマゾンのサイトを使う。当然欲しいモノがわんさか出てくる。しかし「コレ欲しい!」と思った側からポチポチやっていてはキリがない。おカネだっていくらあっても足りない。そういうわけで欲しいと思うモノがあっても、そこで一呼吸置く。欲しいと思う気持ちをしばし寝かせておくのだ。メモに一覧表としてリストアップしておく。書店やCDショップには定期的に通っているので、その時にお目当てのものを物色し、書籍であれば中身をサラッと拝見する。そこで買おうという気になれば購入する。リアル書店で見当たらないが、それでもどうしても欲しいという気が強ければ、アマゾンではなく、「ホンヤクラブ」を利用する。これは受取がリアル書店なのがポイントだ。書籍はともかく、CDの場合は私の趣向からして、地元で売られてないことがほとんどだ。その場合は、東京や大阪などの大都市に行ったときに、中古・輸入CDショップに立ち寄る。そこまで寝かせても手に入れられないものは、たいていは次第に欲求が薄れてくる。ある意味、ふるいにかけられるというわけだ。そして最後まで残ったものを、ようやくネットで購入することになる。こんな方法は時代に逆行しているだろうし、他の人にはとてもお勧めできない。買い物は便利である方がいいのだろうが、生活するにあたってどうしても必要でないものは、あえて「不便」を自分に強いることで、それを「楽しみ」に転嫁してみたくなる。そのせいか私は買い物をするときに何の障害もなく、ポイポイと簡単に買えたものに対して、あまり愛着が沸いてこなかったりする。そう、「反アマゾン主義」は、単なるこだわりであり、自己満足なのだろう。