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母のくびに見えるもの
母が仕事をクビになってから、もうすぐ三年半が経とうとしている。―・・・・・・いや、この言い方は不適当だ。正確には「仕事を辞めてから」と表現した方が良い。 当時の母は四十六歳で、まだまだ働き盛りのパートだった。事ある毎に何らかの賞を貰って帰宅する、正職員と肩を並べて遜色のない程の優秀な働き者だった。仕事での自慢話をさせると口が止めどなく動く人だった。きっとあんなことさえ無ければ、今もバリバリ仕事をこなして沢山の賞に輝いたに違いない。 母が仕事を辞める原因になった「あんなこと」というのは話すと長くなる。 私の兄がグアムでのモトクロスのレース中に大腿骨を骨折したことが全ての始まりでもあり、終わりでもあった。 モトクロスとは、荒れ地や舗装されていない道を走ってタイムを競うオートバイレースのことだ。 その世界でプロとして戦い始めた矢先に兄は骨折し、何かしらの手違いがあって彼は障害者になった。だから母は仕事を辞めざるを得なかったのだ。兄の介護のために。 母の生き甲斐は、仕事と兄のレースの観戦だった。全てを奪われた母は老いた。 兄が障害者になったのを皮切りに、次第に家が腐っていくのが見て取れた。終わりのない介護に追われる両親の姿。最早人間らしさの殆ど抜けた兄。碌な会話も希望もない冷めた家。この中に居ると時折、どうしようもなく絶望的な思いに捕らわれる。永遠に続く不幸をこの手で断ち切ろうと、何度家族に手を掛けようと考えたか知れない。しかしその度に理性でそれを止めてきた。何故なら、全てを終わらせたいのは私のエゴだから。兄も母も父も、永遠に続く不幸を止めようとしないから。だから私には、家族に勝手に引導を渡す権利なんてないのだ。そしてまた、と繰り返し繰り返し、地獄の責め苦のような日々を続けていく。今日も、明日も、明後日も。 兄の介護で疲労困憊した母が遣り場のない怒りを私にぶつける時、いつも見えるのだ。母の薄白くて細い首筋に、死に神の鎌が添えてあるのが。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.06.20 18:36:31
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