若葉 コウ君ち(第八話)
高三、一学期の終業式のあと、初めて、コウ君の家へ、遊びに行った。その日は、校内の駐輪場で、コウ君が時間をつぶして、わたしを待っていた。こんなのは、初めてのことだ。いつもは、偶然、帰るだけだったのに。それとも、あれも、偶然じゃ、無かった?「どうしたん?」「今日、このまま、うちに来ない?」「えっ?なんで。」「おばあちゃんがさっ、有田に会いたがってるんだ。」コウ君は、謎だ。謎めいている。絵が、凄く上手いことくらいしか、知っていることがない。あと、水泳部の幽霊部員のくせに、なんか、いつも、忙しそうだ。「いいけど、お昼どうしよう。」「いいよ。何か、あるから。」「ふうん。別に、いいけど。」一緒に、いつものように、自転車で並んで、走った。一つ違ったのは、坂の上まで、行ったこと。ちょっと、わたしの家へ寄って、事情を話して、母にことわったが、相当びっくりしているようで、母のまばたきの回数が、少くなっていた。ちょっと、恐かった。コウ君は、すいすい、坂を上って行く。わたしは、坂に来て、5回、踏み込んだら、止まってしまった。「ちょっと、待って。」これは、もう、自転車を押して行くしかない。コウ君の家は、本当に、坂の頂きにあった。右側の家だ。道は、まだ続いているが、ここからは、下りになるようだった。結構、大きそうな、古い家。「どうぞ。」「お邪魔しまーす。」門は無くて、いきなり、がらがらと左に玄関を開けると、中は、そのまま土足で歩ける通路と土間があり、左右の高くなった所に、大きな部屋が、続いている。「へえー。面白い、作りの家だね。」「昔の、農家の家が、そのままだから。」「すごい、大きな家だね。」「昔、先祖が、庄屋とかしてたらしいけど、良く知らない。」(そう言えば、地元の人が、「さかうえの~~のとこ」とか、「さかしたの~~のとこ」とか、言うのは、そのせいかなあ。じゃあ、わたしの所は、「さかした」だあ。)そんなことを、考えながら歩いていると、「でも、こっちじゃ、ないから。」コウ君の、弟みたいな子が二人、顔を出しては、引っ込めているのが気になったが、コウ君について、通路をどんどん進んで、とうとう、そのまま、外の庭に、出てしまった。大きな、庭だった。下りの坂道に沿って、右手に倉みたいな建物が三つある。左手に池があって、こいまで泳いでいた。二、三匹、うっすらと、水面に、模様をのぞかせていた。「さっきのは、本家って、呼んでる。こっちが、はなれ。俺は、今年の5月から、こっちに住んでんの。」コウ君は、下りの坂道の行き止まりにある、こじんまりとした平屋の家を、指さした。「おばあちゃんに、間借りしてるから。まあ、いいから、入って。」「あ、う、うん。」なんだか、もう、従うしかない。そこは、都会の中の、異空間だった。そこだけ、優しい、ゆっくりした時間が、流れているような気がした。「あ、入る前に、ちょっと、待って。」コウ君が、わたしのあごを上に向けて、前かがみになった。いきなりだった。唇と唇が、軽く、合わさった。驚いて、コウ君を見上げると、「続きは、あとでね、葉子ちゃん。」さっさと、本家と似た玄関をがらっと開けて、中に入って行った。はあっ!?澤田って、いつも、呼ぶくせに。それに、今、わたしたち、軽くだけど、キスした。足が、止まってしまった。怒って、帰るべきか。それとも、せっかく、ここまで来たのだから、コウ君の、おばあちゃんとかいう人に、会ってみるか。お昼も、ご馳走してもらえるはずだし。(ああ、どうしよう。)「どうしたあ。はよ、お上がり。」優しい年輩の女性の声が、奥からした。「よしっ。」毒を食らわば、皿までだ。今日は、この佐久間家と、とことん付き合う。って、佐久間家の二人とか。わたしは、意を決して、はなれの玄関から、中へ、入って行った。 つづく 最後まで、読んでくれたら、ポチット1回、押してください。よろしく、お願いします!_(_ _)_