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テーマ:旅のあれこれ(10281)
カテゴリ:日本全国バスの旅
今日の話題は、バスの歴史からひとつ。 今でこそ当たり前になった女性のバスガイドさん。その歴史は何時から始まったのでしょうか? まずは遊覧バス(定期観光バス)の歴史から。日本で一番最初に遊覧バスが走ったのは1925年(大正14年)12月15日に、東京を走る「東京遊覧乗合自動車」として誕生したのが最初です。 コースは上野営業所に午前9時、または新橋営業所に午前10時にて乗車。宮城(皇居)、日比谷公園、芝公園、愛宕山、泉岳寺、明治神宮、東宮御所、東京招魂社、上野公園、浅草観音、本所被服廠跡、銀座通りなどを8時間かけて回るコースでした。この中で明治神宮に休憩所と食堂が用意されており、食堂には定食が50銭で用意されていました。 ちなみに乗車料金は開業当初が大人3円、12歳以下2円でした。16人乗りのバスに男性の案内人が2人ついて観光ガイドを行っていたと言われています。 この「東京遊覧乗合自動車」は、戦時体制下の交通事業整理の名目で営業休止となった後、戦後に帝都高速度交通営団、日本交通公社、鉄道弘済会、東京都などの出資を得て「新日本観光」として再出発。これが現在の「はとバス」の前身となりました。 それでは今ではお馴染みとなった女性バスガイドさんはいつ、登場したのでしょうか? それは1928年(昭和3年)1月10日、九州観光の祖と言われた油屋熊八が「別府地獄めぐりの遊覧輸送」を目的に亀の井ホテルのバス事業部として「亀の井バス」を設立したのが最初です。 この亀の井バスが運行を開始した「別府地獄めぐりの遊覧バス」で、村上アヤメさんが「少女車掌」として乗務を開始。七五調で別府地獄や市内の見どころをガイドしたのが、日本における初の「女性観光バスガイド」の元祖と言われています。 七五調の案内文は「不老暢人」のペンネームで文筆活動をしていた社員(後に専務)の薬師寺知朧が、親交のあった菊池寛や久米正雄に修正してもらいながら完成させたものでした。 現役引退後も村上アヤメさんは後身達の指導に携わり、1998年(平成10年)7月に亀の井バスが「別府地獄めぐり定期観光バス」にて七五調の案内を復活させた時には、バスガイドの指導にも当たったそうです。 今でも亀の井バスの「別府地獄めぐり定期観光バス」は午前と午後各1便ずつ運行されていますが、その中でバスガイドさんは七五調の観光案内を行っており、人気を集めています。 その様子を撮影した動画が上がっていました。 【現在の運転時刻】 午前便 別府北浜 9:10発 別府駅前 9:20発 午後便 別府北浜 13:50発 別府駅前 14:00発 所要時間は見学を含めて3時間程度ですが、道路状況等により前後することがあります。 【乗車料金】 大人 4,000円、中学生 3,000円、小学生以下 1,950円 乗車料金には別府地獄の入場料金が含まれています。 皆様も別府観光の折には是非、日本初の女性バスガイドが乗務した「別府地獄めぐり定期観光バス」の旅などいかがでしょうか。 今日の画像は、現在の亀の井バスの一般路線車です。「やまなみハイウェイ」にて撮影しました。 最近、Instagramのリール動画を始めました。QRコードを張っておきますので、アクセスどうぞよろしくお願いいたします。 X(旧Twitter)もやっています。アカウントは「@Tabitotetsukiti」です。良かったら、フォローよろしくお願いいたします。 皆様から頂いたコメントには、随時お返事させていただきます。また、皆様のブログへも後程お邪魔させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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