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カテゴリ:憲法九条
一昨日、☆君が歯医者の帰りにビールをみやげにやってきた。
夕方から、江古田北口『信濃路』にて『すきやき定食』1150円を食しながらビールを飲む。 我々は貧しいので、『すきやき定食』1150円はたいへんなごちそうである。とても信濃路のお料理はお得感がある。 思えば、最近、商いが低調で、僕の主食は『ショップ99』のエビピラフ99円または高菜ピラフ99円を・・・・・・ (1.5袋=約150円に卵一個約20円加えて、卵エビピラフまたは高菜卵ピラフを作る。しめて170円くらい)を食すことが多かった。 この99円の冷凍ピラフはけっこうイケルと☆君に教えると、さっそく試したみたいで「あれけっこうイケますね」などと嬉しそうに報告するのであった。 『☆君もきっとここ何日か冷凍ピラフを99円を食しながら、破れ小窓から差し込む月明かりをたよりに勉学に励んでいたのかと思うと・・・・・・ なにやら食生活を通じて☆君への連帯感のようなものがわたしの胸裏には芽生えてくるのであった。』 (うん!ここら辺り『・・・・なにやら食生活を通じて・・・・』の文章は、なんか葛西善蔵の小説みたいだ。誰それ?なんて言う方がいるかも知れないけど読書家を自任している方は、葛西善蔵の小説くらいは読んでいて欲しいものだ。読んでいなくても名前くらいは知っていて欲しい。(中学校の教科書の文学史に葛西善蔵は出てくるはずです) 読者家を自任してない方は読まなくても、名前を知らなくても全く差し支えはありません。 閑話休題! テレビをつけながら、このヨタ文を書いているのだが‥‥ 今年、上半期で一番売れたCDは「千の風にのって」だとニュースが言っていた。 わたしの昨晩のおかずを聞かないでください♪ わたしは99ショップのピラフを食い♪おかずは無しでした♪ なんて替え歌が浮かんできてしまいました。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 信濃路で、ミクシーで現在議論中の『英会話イデオロギー問題』など触れるが、僕としては、NOVAの事件があって、たまたまダグラスさんの本を読んでいたもので、 『NOVAなんかに行くな!』と まあ、軽い気持ちでたいした根拠もなく飲み屋のヨタ話として書いたのだが・・・ STINGERさんや☆君がけっこう激しく真面目に反応してくださったので、ミクシーとしては異例かな? 異例の長文のけっこう熱く理屈っぽいやり取りが続いています。 お二人が外国語習得に真面目に向き合ってきたからだと思いますが、たいして真面目に外国語を学ぼうとしたことのない僕は無責任だし、やや部が悪い気がしています。 それでも引くのは嫌だし、STINGERさんや☆君に反論したりしましたが でもミクシーにはヨタ話=嘘エッセーを記す。そしてお仲間に少しは笑ってもらうことが僕のミクシー参加の目的なので・・・・ けっこう議論自体は面白いのですが・・・・緻密な論理的思考と外国を習得することに努力を続けてきた、お2人に対抗する文章を書くのがいささか面倒になってきたのです。文章として残すのは億劫だなあ!もうやめたいなあ!という気分なのです。 文章ではなく酒飲みながら丁々発止(いいのかなこの漢字で?)やるのならいいけど ・・・ でもやっぱりこのまま引き下がるのは嫌なので、次回まては次々回またはジジジジ次回くらいまでには、ミャーボー日記で、この間の議論の整理をしたいと思います。 昨日、☆君と話をしたのは『改憲』の是非です。 ソ連崩壊より、ずっと以前に自分のうちで左翼理念みたいなものを乗り越えたと思っていたのですが、今回STINGERさんと☆君とのやりとりで感じたのは、僕はサヨク的な心情にまだまだ頸られているなあ!ということを再確認してしまいました。 ☆君は自民党改憲派の方の主張と違い、『9条の精神は守りつつ現実対応し、9条の何項(☆君はちゃんと何項かおっしゃったが僕が忘れたのです)かを現実に対応したものに変える。一番問題なのは天皇条項=象徴天皇制が1条にあることで、この曖昧な象徴天皇制を除くこと無しに、民主主義国家の持つべきふさわしい憲法ではない』ということでした。(☆君違っていたら直してください) 僕は『9条断固保持!』です。 戦争放棄条項9条はもはや現実的でないという議論が現在主流になりつつあるが、この理想の高さは全く世界にほこるべき内容があると思います。 そもそも交戦権を取り戻すのは何のためなのか? それはアメリカの軍事=経済の世界戦略の協力者に!というアメリカの要請に応えるためというのが大きい理由だろう。 アメリカとの関係をさらに緊密にすることが(国益にかなっている)というのが、穏やかな改憲派の人の主張だろう。まさか交戦権を得て、再度大東亜に君臨するなんて 方は、もしいても圧倒的に少数派だよね。 しかしですね!世界の警察官たらん!というアメリカのパックス.アメリカーナ意識はことごとく挫折しているのです。 もはや原爆を落としたり、無差別空襲で非戦闘員を何十万も焼死させることなど敵国を屈服させることなどできないのだ。 ベトナムでも・・・アフガニスタンでもイラクでも・・・失敗したことは明白である。フセイン政権下のイラクの方々のくらしが幸福だったとは思わないけれど、アメリカなどによる(おめーら遅れているんだよ!わたしたちが正しい民主主義をおせーてやるからな!)という親切の押しつけは失敗しているんだよね。ニュースなどで判断するかぎり、多くのアフガンやイラクの人々はアメリカに好感を持っていないらしい。 仮に、どんなに西洋型民主主義が正しくても、外部から無理矢理押し付ける=強制するのはいけないと思うんだよね。 「 強制はいけない!」これは今上天皇の御心です。 天皇園遊会に招かれた棋士の米長が「日の丸.君が代を掲揚、斉唱する運動を奮闘しております」と言うと「あっそう!強制にならないようにね!」とサクっと陛下はおっしゃたのです。 将棋がよわくなったから、そういう文化人活動に活路を見いだしのだろうが・・・棋士は将棋を指しているのが一番美しい!(米長の棋士時代、僕はファンだったのだ) ぼくは象徴天皇制でいいと思う。だいたい僕はその英国留学の経験などで リベラルな考えを持つに至ったで(あろう)昭和天皇以降の現天皇家に受け継がれている思考方法は大変良いと思っているのだ。 大日本帝国憲法下で統帥権のあった昭和天皇に戦争責任は原理.原則として免れないことは間違いない。でも昭和天皇はマッカサーに「私の命などどうなってもいいのだが、日本国民のしあわせを保証してくれ」(正確さ欠けるがだいたいそんな意味のお言葉)みたいな発言をなさったそうです。 また、長らくお世継ぎが誕生しなかった昭和天皇は戦前、側近に『お妾さんに男子を生ませることを』勧められたが断固。拒否したそうである。このエピソードも昭和天皇の印象を良いもののしている。 もし将来、思考放棄したウルトラ右翼あるいはバカサヨクが暴走しそうなとき一番歯止めになるのは天皇家のリベラリズムにあると期待したいと思う。 しかし硬直したバカサヨクの共産党や社民党や元全共闘などの方々『護憲派』は何故、この天皇家のリベラリズムを利用しないのか?硬直した思考からは何も発展的な議論など生まれないのだ。 昭和天皇の戦争責任を追求する意味など、現在はどれほどの意味があるのか? ファジーなものを無くして全て白日のもとに炙り出す必要はないのではないか? 改革-改革と言われていますが・・・小泉政権から阿部政権の流れに通底するアメリカ流の新保守主義による改革など、ほんとうに底辺であえぐ貧しき人々のためになるわけがないのだ。 古くは田中正造などの恵まれない人々への共感からの戦いは、天皇家の存在と矛盾するものでなかったのである。 サヨクマインドを持ちつつ天皇に対する親しい感情を持つ、僕は『ここに左翼天皇主義者』であることを☆君に宣言したのであった。 しかしミャーボーはあいかわらずの暴論を吐いているな! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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