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カテゴリ:関西生活
こちらに来てから4ヶ月が経とうとしている。 初めは外を歩くと芸人だらけ、という感覚も麻痺(?)してきて、関西弁が耳に慣れてきた。 こちらに来た初日、タクシーの運転手さんに 「こちらに’かわって’来たきたんですか?」聞かれた私は’帰った’と言われたと思って 「いえいえ、帰ってきたんではなくて、こちらに転勤で移ってきたんですよ」と言った。 運転手さんはしばらく考えて 「あ~’かわった’って言うのはこちらの言葉で’移った’ってことです。」と教えられた。 大抵の関西弁はテレビでも芸能人を通して耳にするし、全くわからない言葉はないと思っていたのにちょっとショックだった。 子供達はどうなんだろう?とちょっと心配した。 新学期初日、やっぱり先生は「違う学校から’かわって’きた」と言った。 あとで息子に聞いたら「わかんなかった」と言っていた。 それと「友達が’これ、ほって↑’って言うんだけど、どこを掘るのかわからなかったら、’捨てて’って意味だったんだよ」と息子から聞いた。 でも、それ以外はなんとなくニュアンスで理解しているよう。 最近では友達と話す時、息子は完璧関西弁。 こっちでも流行の関西弁があって、早速使っている。 関東で「気持ち悪い」=「キモイ」=「キモッ」は 関西では「キショイ」=「キショッ」となる。 「超」は色々な言い方があって、代表的なのが「メッチャ」「ムッチャ」だけど、最近流行っているのが「バリ」 なので、「すごく気持ち悪い」=「チョーキモッ」=「バリキショッ」になる。 「バリ腹減った」とか応用しています^_^; これは30代の人でも使っているようだけど、どこが発祥なのかわかりません。 こちらの人が言うには、大阪に行くと自分達もびっくりするような言葉を使うと言う。 たしかに、私の周辺にいる人は、テレビで聞いていた関西弁を使う人はあまりいない。 また、神戸弁っていうのもあって、「~と~と?」というような語尾が付く。 (これは難しくて正確にはこうでないかも) 東京近辺では、言葉が違うのは下町か神奈川西側くらいで、それでも差ほど変わらないのに、こんな近距離なのにこんなに顕著に違うのかと驚いた。 娘はまだ染まっていないけど、たまにわざと関西弁を使うことがある。 先日バレエの練習の時、先生が「ステップ1つ足りない」ということを知らせたかったみたいで、「いっこ、たりん」「いっこ、たりん」と必死に言ってくれたんだけど、娘は全く理解できず、そのままツータッタ、タータッタとスキップしていた。 後から「たりん」というのは「足りない」っていう意味だと教えた。 でも、小さい子供や女の子が「やん」とか「ねん」とかの語尾が付くと可愛いんだけどね。 でも、関西弁って他の方言よりもつられやすく、気が付いたら私もイントネーションがおかしくなっている。 「あれ?こうだっけ?いや違う、え~どうだっけ?」と標準語がわからなくなってしまうことも多い。 関東出身の近所の方で、こちらに6年住んでいる人に 「私は関東弁で通してます↑」と言われたが、明らかに語尾が上がってる。 「あれ?関西弁に聞こえるんですが・・・」と言うと、笑って 「関東弁のつもりなんだけどな~、でも子供も主人も周りも関西弁だとそうなっちゃう」と恥ずかしがっていたけど、私も何年か後には同じようなコメントをするのだろうか。 いや、すでに知らず知らず関西訛りになっているらしく、東京出身ということを怪しまれている。 でも、子供やお年寄りには関西弁で話すようにしている。 関東弁って、なんだか堅苦しい感じで、一瞬引かれる。 それで受け答えるとキツク感じるような気がするから、多分おかしな関西弁だと思うけど、その方が自然にコミニュケーションが取れるような気がする。 こちらに来たばかりの頃、私が「~じゃん」と話すと、周りの人がジロリと見るので「余所者」 と思われているような気がしてならなかった。 だから、人が大勢いるような所では話すことをためらった時期があった。 地方の人が東京で味わった思いをやっと理解できた。 でも、関西の人って東京でも関西弁で通す人が多いけど、それも理解できる。 こっちに住めば住むほど良さを実感できるから。 こちらの人はこの土地を愛している。 他から移り住んでいる人もここから離れたがらない。 東京に住んでいる時にはなかった反応に、最初は恋人を褒めているような恥ずかしい感覚があったけど、今では同じ想いでこの土地に住んでいることに満足している。 今日はコストコに行った。 休日ということで’バリ’混んでいた。 でも、前に比べたら3分の1の時間で行かれる環境に感謝している。 今日の夕食はコスのパエリア。 この量で1000円は安い!? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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