『皇大神宮別宮と一之宮』一泊二日紀伊長島御朱印ツアーday2
紀伊長島御朱印ツアー2日目陽の出とともに目覚める、ウグイスが鳴きが響き渡り清々しい一日が始まります道の駅で買い求めたサンドイッチで朝食を済ませ、道の駅周辺を散策道の駅ではツバメが巣作りで大忙し、久し振りに見かける姿です今日は海岸線の国道260号線を一路志摩市方向に向け走ります、距離にして約66km最初の目的地は皇大神宮別宮「伊雑宮」へ道の駅マンボウを7:00に出発、海岸線を順調に走り国道167号線を経由、三重県志摩市磯部町上之郷の皇大神宮別宮「伊雑宮」駐車場には8:30前に到着しました駐車場の西は鳥居が建つ御神田、神田の北側に「伊雑宮」の杜がつながります左の案内板は重要無形民俗文化財の「磯部の御神田」の御田植祭り式次第平安時代末期には現在の形になり、以降今日まで毎年6月24日に行われます日本三大田植祭(住吉大社、香取神宮)のひとつに数えられるそうです駐車場から左へ、上之郷の街並みを見ながらしばらく歩くと「伊雑宮」の鳥居が見えて来ます参拝客のいない参道を進みます聞こえるのは玉砂利を踏みしめる音とウグイスの鳴き声のみ、静寂そのもの参道右の祓所(上)と忌火屋殿(下)忌火屋殿の竈に火が入り、お供えの餅造りの最中だったのか外には出来上がった餅が並べられています忌火屋殿の先に木洩れ陽に照らされた「伊雑宮」が見えています「伊雑宮」全景神職により神域の清掃の最中でした、お陰様で気持ち良く参拝させて頂く事が出来ます志摩市磯部町の静寂の杜に包まれ佇む伊雑宮(いざわのみや)、北に望む山を越えると内宮です倭姫命が志摩国を巡行の後、伊佐波登美命がこの地に神殿を造営したと言われます皇大神宮別宮「伊雑宮」創建 / 804年(延暦23)以前祭神 / 天照坐皇大御神御魂住所 / 三重県志摩市磯部町上之郷3749:20伊雑宮を後に次の目的地鳥羽市安楽島町に鎮座する伊勢国一之宮の伊射波神社を目指します国道167号線を鳥羽方向に向かいます、「伊雑宮」からは30分もかからない距離ですここへ行くための注意事項はナビに任せっきりにせず、目的地は「安楽島舞台」を選択して下さい上段 三重交通の近鉄鳥羽駅から出るかもめバスの安楽島線の終点駅に9:45到着下段 安楽島舞台の前にある伊射波神社駐車場に車を停め、足ごしらえをして参拝準備を整えます、トレッキングシューズとザックに水、飴玉多数・・・・・山登りかい?そうです、伊射波神社へは軽いトレッキングのつもりで参拝して下さいここの駐車場で佇む地元の古老から「伊射波神社に行くんかい?、あそこは伊射波神社じゃないから、あそこはかぶらこさんだから」と声を掛けられる「そうなんですかぁ」・・・・不思議な事を言うおじいちゃんだ事気にも留めずに準備を終え9:50に歩き出すおじいちゃんの言っていた意味は後になって知る事になります駐車場から神社へは山あり谷あり竹林あり、茶畑や美しい海も間近に味わう事の出来るウォーキングです安楽島舞台前駐車場からは左に進み神社を目指します、下の写真は左から右にチェックポイントを纏めて見ました一つの目標としては「かめや」さんを目指し、そこから左に進むイメージです路の片隅には「一之宮」の石標と幟が立っていますコースタイムは景色を眺め、写真を撮りながら波打ち際に建つ鳥居まで20分弱です伊射波神社鳥居前から歩いて来た方向の波打ち際の眺め、いい感じのビーチが広がります波打ち際から岬方向に振り返ると海岸に社号標と鳥居、その先に山頂に伸びる参道が続きますここから登りの石段が続きます、やがて石段の先に鳥居が見えて来ます鳥居からは10分程登る事になります鳥居をくぐると尾根路になり平坦になります細い道をしばし歩くと二ノ鳥居を構える神社が視界に入ってきますここが伊勢国一之宮伊射波(いさわ)神社数々ある一之宮ですが参拝に訪れるのが一番過酷じゃないだろうか?上 神社正面全景、鳥居と拝所、本殿の伽藍 拝所の内部にはパワーストーンや縁結びに御利益のある絵馬も奉納する事が出来ます下 本殿全景、この右側には岩が積まれ、小さな鳥居が立て掛けられた子宝、安産の神「美保留神」が祀られています運がいいと宮司さんとも会えるようですが、普段は安楽島舞台の近くの御自宅に見える様で、御朱印は参拝前に電話をしておき、参拝後に宮司さんの御自宅を訪れ書いて頂きます神社から椥(なぎ)の道として更に先へ続きます、細い山道を進むと、やがて展望台らしき建物が見えて来ます、日の出遥拝所ですそこには小さな鳥居と玉垣で囲まれ海上の守護神「領有神」、御神体の三角形の岩が祀られています日の出遥拝所の右には椥の木にぽっかり空い空間、その先は青い海と浦村の山並みが見渡せますここからは幻想的な日の出を眺める事が出来、その光景からこの空間は奇跡の窓と呼ばれますそして、この場所は加布良古岬、そこに鎮座する伊射波神社事は地元の方からは「かぶらこさん」として呼ばれているそうです、あの古老はそのことを言っていたのです伊射波(いさわ)神社、とても印象に残る趣のある神社です機会があれば日の出前に訪れたいものです伊勢国一之宮 伊射波(いさわ)神社創建 / 不明祭神 / 稚日女尊、伊佐波登美命、玉柱屋姫命、狭依姫命住所 / 三重県鳥羽市安楽島町字加布良古1020宮司宅 / 三重県鳥羽市安楽島町字加布良古675-2℡ / 090-6800-1340「伊雑宮」からのアクセス10:40に下山?開始、駐車場へは11:05着、やはり30分コースですここからかみさんは宮司さん宅に伺い御朱印を、おやじは駐車場の右にある満留山神社参拝と別行動を取る事にしました「石段は充分堪能した」・・・・・そうです満留山神社鳥居から参道の眺め充分堪能した石段がそこにあります下から眺めると二ノ鳥居が見えています石段は全部で68段、数はそれほどではないものの、とにかく傾斜が急なので疲れた足で登るには要注意石段を見つめながら登る事しばし、二ノ鳥居から満留山神社の全貌が見えて来ました伊射波神社と似た社殿です境内右にサンゴが祀られた漱盥、丸山の頂に水が出るのだろうか?拝所から本殿の眺めも伊射波神社と類似していますこの満留山神社は古くから安楽島町の産土神として信仰されてきたそうです三重県神社庁による由緒は以下の様に紹介されています「祭神は八王子神及び合祀した八神の計16神である。『諸国誌草稿』には「八王子神、答志郡安楽島村字丸山にあり、境内面積千八百坪、祭神八王子にして創建年代詳らかならず、祭日は正月七日、末社七つあり」と出ている。志摩国のことを書いた『志陽略誌』にも「八王子社同安楽島にあり、牛頭天王、八幡祠、弁財天祠、恵比須宮等あり」と出ており、満留山神社の旧名は、八王子社であったと思われる」と紹介されていました『志陽略誌』とは1713年(正徳3)にこの地の状況を記した記録なので300年前には既に鎮座していた事になります周囲を背の高い杜に包まれ、木洩れ陽のさす本殿全景丸山の頂から安楽島の氏子達を見守っています『満留山神社』創建 / 不明祭神 / 五男三女神(正哉吾勝勝速日天忍穂耳命など)、他八座合祀住所 / 三重県鳥羽市安楽島町81011:30かみさんも戻ってくる頃か、車に戻るとしようあれ?戻ってきていない、道に迷ったらしい、10分程して戻ってきた「案内板に記載された宮司さんのお宅の位置はデフォルメされ過ぎえらく遠回りした」らしいバス停から西に向かって歩くべし、火の見櫓方向に行くと遠回りですそんな事で安楽島を出発したのが12時前くらい、ここから国道167号線で二見ヶ浦を目指すとのご指示12:20音無山駐車場に到着、そこから歩いて二見浦公園から二見輿玉神社に御朱印を頂きに行く駐車場にあった案内板ここから二見浦へは歩くことになりますが無料駐車場なのが有難い久し振りに訪れましたが、相変らず人と車の多い事ここから10分も歩けば、二見輿玉神社の鳥居に行く事が出来ます駐車場空きを探しぐるぐる車で彷徨うなら、迷うことなくここがお勧めです30年振りぐらいでしょうか、久し振りに訪れました二見輿玉神社は良く知られていることもあり、参拝客と海外からの観光客もとても多く時間があればともかく、思う様に写真は撮れない場所ですね相変らずの蛙がお出迎え日本神話で知られる「天岩戸」引きこもりの天照大御神を天宇受賣命の妖艶な舞に魅かれ、「もっと良く見たい」と岩戸の扉を開けようとして天手力男神に引き戻されてしまった岩戸隠れの場とされます岩戸の前では天宇受賣命が今日も舞っています・・・・・煩悩の塊の自分もきっと同じ道を歩むのだろう因みにこうした天岩戸や岩戸と呼ばれる場所は全国に点在していますいつ頃建替えたのか分かりませんが、以前に比べ随分と綺麗になっている事に驚きですこれだけ参拝客が多く、結婚式など手広く運営しているので手を掛けれるはずですそれにしても参拝客の多い事随分待っては見たが、無人の写真を撮るチャンスは訪れませんでしたとは言え夫婦岩は外せないので鳥居から夫婦岩を一枚竜宮社にも行きたいけれど、ここは次回早朝に訪れる事にして次の目的地へ行こう『二見輿玉神社』創建 / 夫婦岩に注連縄を張り、興玉神石の遙拝所を設けたのが始まり 729~748年(天平年間)、僧行基が興玉神の本地垂迹として江寺を創建 境内に興玉社を建て鎮守社とした、後に現在の二見浦に遷座祭神 / 猿田彦大神、宇迦御魂大神 竜宮社祭神 / 綿津見大神住所 / 三重県伊勢市二見町江575二見輿玉神社を13:00に出発、国道42号線、23号線(名四国道)で最終訪問地の鈴鹿市の「都波岐奈加等神社」を目指しますこの時間帯になると名古屋方向に向かう名四国道の交通量も増えてきます途中で遅い昼食を摂って国道23号線の「一之宮町」交差点を左折、のどかな郊外の住宅地に佇む神社駐車場に辿り着いたのが15:20でした伊勢国一宮「都波岐奈加等神社」正面全景同じ一之宮の伊射波(いさわ)神社が特異な鎮座地だったのか良くわかります鳥居の右には「都波岐神社」と「奈加等神社」の社号標が二つ建っています予備知識もなく訪れましたが、元は社殿を別々に持った二つの神社だった様です二ノ鳥居から拝殿、本殿方向の眺め古くから鎮座する郊外の神社、普段目にする身近な神社とは違い広い境内を持っています拝殿は縦と横のバランスが良く安定した印象を受けますイメージは鷺が翼を広げた羽ばたく直前の様な美しさを感じます神社の創建は479年(雄略天皇23)勅により造高雄束命が伊勢国河曲郡中跡村の現在地に各々社殿を造営し、都波岐神社、奈加等神社としたのが起源と云われますこちらの神社は平安時代初期に空海が参篭し、その際に獅子頭二つを奉納したと伝わり神社の御神宝として守り継がれてきましたその後、1558~1570年(永禄年間)、信長の伊勢平定に伴う神戸城・高岡城攻略の際に社殿や社記も焼失しますが、獅子頭は難を逃れる事ができ、現在も守り継がれているそうです1624~1644年(寛永年間)に当時の神戸(かんべ)城主一柳監物により再建され、現在の「都波岐神社奈加等神社」となったのは明治に入ってからの事、両社の祭神は1つの社殿に相殿として祀られるようになり現在に至ります本殿域右本殿右の小社は神明春日社祭神 / 天照大御神・天見屋根命本殿域左左の小社は小川薬王子社祭神 / 天宇受賣命神明春日社と共に1908年(明治41)に合祀されたもの伊勢国一之宮 都波岐(つばき)奈加等(なかと)神社創建 / 479年(雄略天皇23)祭神 / 都波岐神社/猿田彦大神 奈加等神社/天椹野命、中筒男大神住所 / 三重県鈴鹿市一ノ宮町1181アクセス / 二見輿玉神社から国道42号線、23号線経由で約2時間関連記事 / 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