稲置街道 「旧堀部邸と不明社」
稲置街道沿いの神護山先聖寺と境内の外町天満宮を後に犬山城に方向へ。時間にして2~3分程歩く、街道左側に下の写真の様な建物を見かけ寄り道。稲置街道から一筋東に入ると切妻瓦葺二階建ての黒い板張りの外壁に白壁がシックな建物と玄関先に白い砂利が敷かれた箱庭が視線を引く。母屋の周りを見て廻ると庄屋さんの自宅の様に見えます。「旧堀部家住居」堀部家は代々犬山城主成瀬家に仕えた士族だそうな。この母屋は棟札に1883年(明治16)と記されているようで、当時の堀部勝四郎が施主だという。母屋の他に離れ座敷、渡廊、土蔵、作業室(蚕室)、高塀があり、2006年(平成18)に登録有形文化財に指定されているようです。当日は「冬季休館」の看板が置かれていたので中まで入っていませんが、HPの写真など見る限り庭園などもあり、農とは少し離れた武家屋敷の流れを受け継ぐ様式。坪庭人の頭ほどの小さな岩、それを取り囲む様に苔が植えられ、その周囲は白砂利が敷き詰められている。今頃は岩の周りの苔も瑞々しい緑に変っているでしょう。入口の解説この施設はNPO団体により管理運営され無料で内部を見て廻れ、解説などもしてくれるようです。冬季閉館、コロナ禍の影響で閉館する場合もあるようなので、訪れる場合は確認した方がいいかもしれません。木之下城伝承館・堀部邸所在地 / 犬山市南古券272堀部家住宅の北向いに猪ノ子町公民館があります。その裏に赤い鳥居を見付け立ち寄ってみた。公民館の右横から裏に回り込むと確かに赤い鳥居はあるけれど、鳥居をくぐるには公民館裏口の僅かな隙間から横入りして鳥居をくぐるような感じ。なんだか公民館裏口から直接鳥居をくぐるような鳥居の位置関係。公民館の正面には以前は燈籠の台座らしき跡があり、公民館が出来る以前は真っすぐに堀部家前まで参道があったような、そんな気にさせる。赤い鳥居と赤い玉垣で囲まれた小さな社、社号標はなく鳥居に額はない。個人的には赤と云えば稲荷か天王社だろうと勝手に推測するけれど、そうとも云えず自宅で調べて見てもすっきりする情報は見つからなかった、不明社としておこう。二段に盛られた本殿域に板宮造りの社が祀られていて、狛犬や狐は見かけなかった。この社を守護するのは公民館かもしれない。この後方はコイン駐車場になっていて、そこに駐車すると赤い鳥居と社は一目で分かるのでは。詳細は分からないが取り敢えず参拝させてもらいました。後日何か分かれば改めて追記させてもらいます。不明社所在地 / 犬山市南古券327(旧堀部家北側)旧堀部邸から数分も北に歩けば、街道の面影が僅かに残る街並みから一転し両サイドにビルが立ち並び、その先の本町交差点まで道幅は急に広くなります、交差点を横切る通りは県道183号線です。この本町交差点を越えると再び街道の香り漂う街並みに戻り、それと共に人波がみえてきます。遅い昼ご飯、時間は既に14時を回っている、お楽しみのビールと酒もあと少しの辛抱だ。徒歩ルート / 先聖寺門前から稲置街道を北へ2~3分程関連記事 / 稲置街道を行く『神護山先聖寺』 犬山市犬山南古券『外町天満宮』