東京駅八重洲口「3番乗り場」から
おかげさまで、「高速バス・マネジメント・フォーラム2012」のお申し込みは本日で120人に到達した。昨年の最終参加者が81人だったから、既に昨年の5割増し。何度も繰り返すが、感謝の気持ちとともに、重い責任感がのしかかってくる。高速ツアーバス企画実施会社、運行会社の方々が3社6人いらっしゃる以外は、ほとんどが全国の高速乗合バス事業者(他に車両・関連機器メーカーなど関連業界)の皆様である。お顔触れは課長クラスが多いが、社長、副社長クラスのお出ましも数社。あらためて感じるのは、この1年で「高速バス営業課」「高速バス戦略課」等のセクションを持つ事業者が一気に増えたこと。そういった方々どうしが懇親会で名刺交換する姿もまた楽しみである。話は変わって、私の古巣である「楽天トラベル」では、一時からは考えられないほど高速乗合バスの取扱いが増加した。特に首都圏~京阪神は顕著で、数えきれないほどの乗合路線が空席検索結果に引っかかる。ただこの手の区間では、「超豪華」「女性向け」など、よほど特徴的な個性がないと多数の競合の中で埋没してしまう傾向にあり、乗合事業者がこの区間で高速ツアーバス並みの実績を狙うには、「もう一皮むける」必要があろう。首都圏~京阪神に負けず劣らず大変なことになっているのが成田空港である。「空港連絡バス」のページで「東京駅→成田空港」と検索すると、既存の東京空港交通に加え、今夏から参入した京成グループ、そしてビィー・トランセの商品が並んで表示される。全く同区間ながら運賃に3倍以上差があって、(地上サービスの差はともかく)車両グレードにさほど大きな差はないから、運賃の開きはダイナミックプライシングが定着した首都圏~京阪神の比ではない。しかも最安値は、「新規参入組」ビィー・トランセではなく、同路線には後発参入とはいえ老舗の京成グループなのだからいろいろ考えさせられる…東京空港交通の片道運賃3,000円は、正直、他の高速乗合バスと比較すれば割高感はある。ただ忘れてはならないのは、東京都心~成田空港には、3,000円を平気で払う客層が存在するということだ。欧米からのビジネス客は、(安いホテルを和製英語で「ビジネスホテル」と呼ぶ我が国とは対照的に)航空の上級座席を「ビジネスクラス」と名付ける国だけあって、社員の出張旅費に十分以上の経費をかける。JFKやヒースローから成田に降り立った青い目の出張客は、バスとスカイライナーの運賃を百円単位で見比べたりしない。一方、海外に向かうほとんどの日本人にとっては、比較検討に十分な情報量を持つこともあって、スカイライナーや成田エクスプレスとバスを比較する。特に東京空港交通のリムジンバスは成田へのアプローチをほぼ独占していた時期があるから、鉄道の競争力が飛躍的に高まった今日では、その運賃水準に疑問の余地がある。そのような矛盾した市場環境(一部の乗客は平気で3,000円払ってくれるが、一部の乗客はそれでは競合に逸走してしまう)のなかで、収益を最大化するにはどうすればいいか? その質問への答えが、市場をセグメント毎に細分化し、それぞれに対し適切な販路や価格を提示すること……すなわちレベニューマネジメント(RM)なのである。成田空港発→東京駅経由グランドハイアット行の車両で、東京駅下車の乗客(おおむね日本人)とグランドハイアット下車の乗客(おおむね海外からの高級出張客)の運賃が同水準である必要はない。乗客が多い曜日、時間帯と閑散日や閑散時間帯とが同運賃である必要もない。視点は少し変わるが、「片道3,000円(その水準の正否はともかく)で毎日10~20往復も運行し定着している路線(多頻度昼行路線)における新規参入」という意味で、この東京駅~成田空港での出来事は、今後全国で起こり得る現象を先取りしているとも言える。何度も繰り返してきたが、高速バス事業は「大都市ほど」「長距離ほど」新規参入が容易である。では短・中距離路線において新規参入が成立しうる条件とは何か? まず、気軽な利用を受け入れるため、車内発券可能な高速乗合バス業態を(高速ツアーバスではなく)選ぶことである。二つ目は、既存組に対して引けを取らないフリークエンシーを確保すること。三つ目はパブリシティなどの活用により大都市側(今回で言えば東京都心側)の新規需要を開拓することである。特に二つ目が、中小の新規参入者にはなかなか困難で、結果として多頻度昼行路線での競争的新規参入は全国的に見ても成功例はほとんどない。高速ツアーバス各社が乗合に業態転換すれば一つ目のハードルはぐっと下がる。三つ目はそもそも大の得意。二つ目の課題をクリアする方法を誰かが見つければ、成田同様の本格的競争が、東京、大阪と地方都市を結ぶ多頻度昼行路線で火を噴く蓋然性はゼロではない。 現状において、地方路線、昼行路線を得意とする高速乗合バスと、大都市路線、夜行路線にほぼ特化する高速ツアーバスとの競争は、本当の意味ではまだほとんど始まっていない。だが多くの「既存組」高速乗合バス事業者は、自身の中では小さなポーションしか占めない夜行路線での競争をもって、まるで既に本格的な競争が始まっているかのように錯覚している。その錯覚が「既存組」の今後の戦略をミスリードすることを私は危惧している。本当の競争は(始まるとすれば)これから始まるのだし、その相手が(今日でいう)高速ツアーバス各社とは限らない。そのことを成田の事例は如実に示している。その本格的な競争がもし起こってしまったらどう対処する? そもそも未然に防ぐには?答えは簡単。乗客の多様なニーズに最大限応えること。そしてそれを永続的に実現するために、常に一定の収益を得られる仕組み(ビジネスモデル)を構築すること。その実現は困難ではあるが、「客商売」に安易な抜け道はないはずだ。