首都ヴィリニュスから30kmほどのところにある
ヴィリニュスに遷都するまで首都だったトラカイ
リトアニア大公国時代の中心的な場所だったところ
水面に映える赤レンガの古城としてポーランドの
世界遺産に登録されているマルボルク城になぞらえて
「小さなマルボルク城」とも呼ばれているそう
風光明媚なところでもあり
真っ青な空に
透きとおるような水を湛える湖
木々には緑が溢れ、花が咲き乱れ…
まるでリゾート地に来たかのよう
ガルヴェ湖上に浮かんでいるのは
14世紀後半に侵略を防ぐためと
祭事を執り行うため建てられたトラカイ城
中世リトアニアの君主ケストゥティス公によって建設され始め
彼の息子であるヴィタウタスの時代に完成…
ボートで湖に出ている人、お城のなかを見学する人
それぞれ楽しんでいましたが…
あまりに気持ち良くてのんびりと湖畔を散策~
ほんとはワイン飲みたかったけれど
湖畔に建ち並ぶクラフトショップが楽しくて時間切れ~
カウナスはヴィリニュスから北西に100kmほど
15世紀半ばにハンザ同盟代表部が設けられ
商業の中心地として栄えたリトアニア第2の都市
第二次世界大戦時、ポーランドから逃れてきたユダヤ人に
日本を経由して第三国へ渡航できるビザを独断で発行
6000人強を救った日本のシンドラーと言われる
カウナスの日本領事代理だった杉原千畝氏の功績を讃え
旧日本領事館が彼の記念館として保存されています
正に「命のビザ」…
シベリア鉄道で東へ…
敦賀に到着した彼らはアメリカ方面のみならず
オーストラリア、アフリカへ… ですが
ベルギーやイギリスに渡った方々も
こんなにも人の命を救った杉原千畝氏なのに
1947年に帰国した彼を待ち受けていたのは
独断でビザを発行したことの責任による外務省からの解職
2000年にようやく日本政府による公式の名誉回復がなされたのは
死後16年経ってからのこと…
余談ですが… 杉原千畝氏を記念する公園が
ヴィリニュスのネリス川沿いにあります
母校の早稲田大学よって造られた杉原桜公園
カウナスの旧市街は小さなエリア
15世紀に建てられたゴシック様式の傑作ペルクナスの家
スラヴ神話の雷神ペルクナスを祀る神殿だった?
19世紀に修復された際に見つかった30cm大のブロンズ像が
ペルクナスなんじゃないか… ということからの言い伝えらしいです
15世紀後半にゴシック様式で建てられた
ヴィタウタス大公教会(聖母被昇天教会)は
カウナスで一番古い教会
1946年にはネムナス川の氾濫で一部水没したこともあるそう
「白鳥」の愛称を持つ18世紀のバロック建築の旧市庁舎
帝政ロシア時代には政治犯の牢獄として
その後は皇帝の別宅としても使用されていたそう
高さは58mある塔が印象的です
バロックだけど、なんだかミックスですね~
昨年設置されたという… who are you?
ピンクの建物は17世紀に建造された
イエズス会フランシスコ ザビエル教会
こちらもバロック様式の建築
旧市庁舎広場の周りにはカフェが並びおしゃれ~な雰囲気
でも、まだ飲まないわよ( ̄◇ ̄;)
・・・の先に
赤レンガの美しい聖ペテロ・パウロ大聖堂
15世紀前半に建造されたカトリック教会の大聖堂
当初ゴシック様式で建築されましたが
17世紀半ばロシア=ポーランド戦争の際に一部が破壊され
その後修復された際にルネサンス様式の建物となったそう
聖堂内には18世紀後半の壁一面に描かれた
フレスコ画と彫刻で飾られた祭壇があります
天井はブルーとサーモンピンク ステキ
正面ファサードの扉のレリーフは…
ちょっとデッサン違う気がする(´^ω^`)
ゼラニウムとインパチェンス かな
これ何なにナニ??
旧市街でいくつか見かけた自転車置き場
ココだけモダンだけれど遊び心に溢れている~
古都だけれどとってもおしゃれな街を進むと
え?お城??
13世紀にドイツ騎士団の侵略を防ぐために建造された
要塞?=?≒?カウナス城は1363年に騎士団によって
破壊され15世紀に再建されたものの
その後に続く戦争によってほぼ壊されてしまい…
現在は、塔と城壁の一部のみ残っています
なにやら不思議なオブジェや大仏様?の頭はあるんだけど…
ついでに って、何のついで?
変なビルも見っけ
お顔はアインシュタイン、身体は女性
パイプは宇宙なんだそうな ←星空描かれてます
あ~喉乾いたぁ!
と、ビール ぷっふぁぁ~ んまっ
からのツェペリナイ
名前の通り飛行船の形をしたポテト料理
ジャガイモの皮は厚くモチモチの芋餅みたい
中は豚挽きでした …餡だけいただきました
Sandija
Jonavos g. 45, Kaunas 44131, Lithuania
カウナスから北へ150kmほど
ラトビア国境に近づいたところにある
シャウレイはリトアニア北部の経済&文化の中心地
1236年の「サウレの戦い」でヴィキンタスが統率する
サモギディア人が帯剣騎士団をこの地で破った史実が
街の名前の由来となっています
2度に渡る世界大戦で旧市街や古い建物は破壊され…
というか、市街には行っていないんだったわ
ここで訪れたかったところは無数の十字架が並ぶ丘
最初に十字架が立てられたのは1831年
1830年に起こったロシアへの蜂起で処刑・流刑にされた
人々のために立てられたのが始まりだそう
その後歴史は進み…
何度となくロシア(ソビエト時代も含め…)によって
ブルドーザーで踏み倒され…
それでもその翌日には十字架が立っていたというほど
この地における信仰心は繋がれていっていたのでしょう
現在、数えることはできないほどの数だそうですが
推定でも12万本以上の十字架が存在しているそう
もっとも現在では一大観光地になっているので
十字架の丘の前に並ぶ売店で観光客が十字架を購入し
立てているので数を増やしているのも事実ですが…
それにしても…
壮観というか圧巻というか…
無限に続く無言の信仰心…
ただただ圧倒されました
野原の中にこんもりと十字架の丘が存在するって…
やはりすごいこと… ですよね
続きはこちら 4.【ラトビア】「バルト海の真珠」首都リガ ~中央市場 世界遺産の旧市街 ~三人兄弟 ~大聖堂
2018年9月:バルト3国、リトアニア~ラトビア~エストニアの旅トップに戻る
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