熊野本宮大社・熊野速玉大社と共に
熊野三山を構成する熊野那智大社
大きな鳥居からお詣りいたしましょ
熊野夫須美大神を主祭神とし
かつては那智神社、熊野夫須美神社、熊野那智神社など
名前はいろいろあったらしい
ちょうど紅葉が終わりどき… 秋らしい気候でございます
また…熊野十二所権現や十三所権現
那智山権現とも言う らしい
熊野那智大社の社殿および境内地は
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の
構成資産の一部です …ここもね
この日階段ぜめだったわぁ〜
できれば温泉はこの日に入りたかった😃
ってくらい階段多かったのよ、この日
手水はかっこよい龍さん …2024年の干支よね
全国約4000社余ある熊野神社の御本社の熊野三山
…こちらもググって知ったけれど4千社もあるのね
階段上って もう少しか?と思いきや
まだ続く階段 合計467段だそうです
ようやく本殿に到着
ご祭神「熊野夫須美大神」の御神徳により
「結宮」と称される縁結びの宮であり
別宮、飛瀧神社の那智御瀧は延命息災
八咫烏は交通・海上の安全の守護
御神木の梛の木は無事息災
御神徳のある神社なんです
神日本磐余彦命の御東征を起源としていて
「西暦紀元前662年、神日本磐余彦命の一行は
丹敷浦(現在の那智の浜)に上陸
一行が光り輝く山を目指し那智の瀧を発見
その御瀧を大己貴神の現れた御神体として祀り
神日本磐余彦命の一行は天照大神より使わされた
八咫烏の先導により、無事大和の橿原の地へ到着」
神日本磐余彦命は紀元前660年2月11日に初代天皇
神武天皇としてご即位
先導の役目を終えた八咫烏は熊野の地へ戻り
現在は烏石に姿を変えて休んでいる…という伝説
「その後、熊野の神々が光ヶ峯に降臨され
御瀧本にお祀りしていましたが
仁徳天皇5年(317年)に山の中腹へ改めて社殿を設け
熊野の神々・御瀧の神様をお遷し申し上げました」
これが熊野那智大社の始まり伝説なんですって
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