大きな鏡の前の椅子に座って
このあたりまでと肩先を指差す
もうどのくらい
かわらず伸ばしていたのか忘れるほどに
腰さえ超える 長い長い時間と髪
普段は一つにまとめて
硬く丸めて結んでいた
自分の気持を律して
きつく封じるように
そして幸せな歌がうたえる時だけ
心と一緒にほどいた髪
幸せな時間は
両手のひらで包んでも
余るほどしかなくて
この長さを知る人も
ほとんど稀で
切るきっかけは些細なことで
自分を変えるタイミングに
ちょうど重なっただけのこと
世間一般で言うような
特別な思いはさらさらない
ただ ふと 今までの自分を
髪と一緒に過去にしたくなっただけ
よく手入れされた銀色の鋏で
細く長く波打つ私の過去は
くるくると螺旋を描きながら
はさり はさり と床に身を投じ
そのたびに過去も床に横たわり
箒ではいて集められる
髪を洗い流し ブローが終わった頃
もうすでにそこに螺旋の姿はなかった
さようなら
今までの私
店のドアを開けたら
心地よい風が吹いて
柔らかな陽のあたる肩先で
やさしく巻いたアルファベットのSやCが
ちいさなつむじ風と遊ぶ
今までと違う感じに
一瞬立ち止まって
ちいさなくすぐったさを感じて
笑顔になって空を見上げる
そしてまた 次の瞬間
新しい私が歩き始める
ネット詩誌 MY DEAR
新作紹介掲載作品
主催者・島様に感謝