料理を作ろう
私と 君にしか作れない料理
まずは材料をカットしよう
楽しかったこと うれしかったこと
サプライズ 一緒に見た風景
感謝したこと
切ってしまうなんてとんでもないから
おおきな丸ごとの形のままで
表面を丹念に洗って
悲しかったこと 苦しかったこと
辛かったことや 遠い距離
苦い涙は
薄くスライスして
できるだけ小さく刻んで
こまかく こまかく
大きな鍋にお水を張って
材料を全てそっと泳がせたら
暖かだった君の体温を
焚き物にして煮込んでいこう
窓の外は風鳴りがして
時折啼くような
飛行機のエンジン音が聞こえる
部屋の中は
くつくつと
現れては消える
うたかたのため息
煮込む部屋の中
私は本を読んで
詩を書いて
時々うたた寝して
君の夢を見る
もう 雪は降ったかしら
見損ねた雪景色を
残念に思いながら
椅子から立ち上がって
料理を仕上げにかかる
素材は最初からよかったせいか
ほろほろとやわらかく煮えていて
小さく切ったマイナス素材も
全て形なく煮とけてしまって
あったことも忘れてしまうほどに
とろり
とろとろ
いろんな想いが煮とけた煮汁の中に
仕上げのスパイスを加えよう
君の車で見た風景
コンビ二でした小さな買い物
初夏のさくらんぼ狩り
知らない街で道に迷いながら
遅くなってもちゃんと来てくれた事
香りが飛ばないように
さっと混ぜ合わせたら
器によそう
軟らかく煮えた優しい思い出たち
上からかかる
苦味や辛味がほのかに顔を出すけれど
懐かしい味の素敵なソース
クレソンの代わりに
君がくれた四葉のクローバーを
料理の脇に忘れずに添えて
もう入手できなくなった
君の「愛してる」
冷凍保存のやつだけど
あちこちに散りばめて
静かな部屋で
一人 食べる
私と 君にしか作れない料理
少し薄味だったけど
舌が探し当てる
いろんな思い出の味が引き出す
一粒 二粒
塩味のアクセント
遠くなったり 近くなったり
何度も繰り返した
私たちの距離のように
波のように濃淡を行き来して
やがて皿の上にはなにもなくなり
料理が始まる前に戻る
どんなにおいしかった料理も
いつかは冷めるだろうし
食べつくせばなくなってしまう
でも
なによりもおいしかったことは
本当だったし 忘れない
とても
すごくすごくおいしかった
ごちそうさまでした
おいしかった料理のレシピは
引き出しにそっとしまって
また 一人で歩き始めよう
そして食べ終えた私の時間は
いまはまだ
君がいたときのままだけど
いつかは
君を知る前と同じリズムに戻って
時間を刻み始める
ありがとう
さよなら
大好きだった 君
2010.1
ネット詩誌 MY DEAR
新作紹介掲載作品
土曜美術社刊「ネットの中の詩人たち7」掲載作品
主催者・島様に感謝