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テーマ:介護・看護・喪失(5287)
カテゴリ:バリアフリー
いろんなことを忘れたくて、忘れすぎたことも多くて、いろんなことまで忘れてしまってボケが始まってると冗談言って笑っていられるのも、だんだん生活が落ち着いてきていることなのでしょう。
昨年のことを思い出してきました。 花粉の季節、到来だった。 弟の病状と介護と、家族の介護と子供達の世話と自分のこと・・・ 携帯電話はかかせなくて、いつでも夜中もいつもそばにおいて、いつでも連絡取れる状態にしてあって、弟からは、眠れない・・・もうダメ・・たくさんの辛いメールが入っていたりして、励ますのも限界のころ。 動かない身体もアレルギー紫斑病など、どんどんひどい合併症に悩まされ、リハビリどころではない状態で、一生このまま寝たきりも覚悟なのかもと、、、もう、この先どうしたらいいのか家族中が路頭に迷い、一家心中にでもなりそうな雰囲気でしたっけ・・・ 私もいろんな病院(皮膚科・内科・泌尿器科・整形外科・足を運び情報を集め、ネットでたくさんの人にアドバイスをもらい、多くの同じ経験をもつ患者さんや医療関係の人、たくさんの友人、多くの人に支えてもらいながら、毎日を乗り越えていたこと。 心から、感謝しています。 本当に、お世話になりました。 下半身の足の痺れや、痛み、不随意運動(足が勝手に動いてしまったり、突っ張ってしまったり・・・)ベットから落ちたり、泣いたり、叫んだり、物を投げたり・・・ 精神的にも、乗り越える力が限界になってしまったあの頃。 あまり、思い出したくないのです。辛すぎたから・・・ でも、気持ちを整理したいので書いておきます。 ずいぶん私、バカみたいに元気で、毎日はりきって頑張っていたと思います。 埼玉医大の麻酔科にも何度も出向きました。 完全麻痺では、痛みを軽減できないということがわかり、 そこで、紹介状をいただいたのが、日大板橋病院の脳神経外科でした。 『1年後、あの時は大変だったな~と、思い出したい・・・』 と思って書いた日記やコメントがあって、 本当にその通りになっている。 でも、今も大変は大変だ・・・。 弟は 初の授業参観へ行く。(痛みは相変わらず辛そう、あの頃の痛みの感覚とは違うらしい・・?!) 段差があるので、入り口は校庭側の保健室からだそうです。 この日は私の息子の高校入試の日で、1年前をシミジミと思い出し、 ボ~~~~~っと、してしまいました。 今、心配なのは、誰もが心配していると思う高校入試の結果待ち。 なんて、平凡な悩みなのだろう。 これも、一大事なのだけど。 合否の結果も、1週間も間があくと、覚悟もできてきて、どんな結果も深刻に考えなくても 受け入れられそうな。 どっちかの高校へ行けばいいよねっ!と今は開き直れて、 あとは、入学金の問題。 もう、結果は出てるのかな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年03月14日 16時43分13秒
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