空白の期間
実は平成19年12月最愛の娘が急性リンパ性白血病になりました。当時小学4年生、発病した時は超危険度ランク範囲の数値で生存率50%。そのときから我が家の生活は一変しました。下の息子は友人の家に預かってもらい朝から夕方は私、夜は主人が毎日付き添う日々。翌年の5月、ドナーさんから骨髄移植。移植後、本人の細胞が出始め再発の疑いも出て命の期限を宣告された時もありました。その後医学的には奇跡といわれるほど本人細胞が消え、今ようやく地元の小学校に戻り楽しく学校へ行っています。人生観、すべてが変わりました。ささいなこと、すべてが気にならなくなり、一日一日がいとおしく大切に感じこの試練は家族の絆を深めてくれました。経験しなくてもいい難病になってしまいましたが、娘がこのことを活かした何かを得るためのものだと考えていきたいです。