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カテゴリ:家族
先日名古屋にいる母から電話があって、
突然見知らぬ人の訪問を受けて 曾祖父(慶応2年生まれで、昭和22年に亡くなっています) のお墓のことを聞かれたと言うのです。 年のころは80前後のご夫人と連れの男性。 先ずはその人達の素性を聞くべきなのに 母ったら聞かなかったというから呆れますが 親戚の名前を知っていて 昔この近くに住んでいたと言うのです。 「そうそう、中市場にいたとか言っていたわ。 中市場ってどこだろう」 と母が言うので 以前自分の家系図を調べた時に 中区の旧町名も調べていた私は、 「ほら〇〇がある辺り、ウチから歩いて行けるよ。」と教えました。 『名古屋市中区の古地図』 その人は、祖父の弟の事をよく知っていて 父の妹とも遊んだことがあると言っていたそうですが 残念ながら叔母は他界しているので聞くことができません。 単なる仲の良かったご近所の人がお墓のことを聞いてくるわけないし・・・ 一体どういう関係の人なのか 母の昔話と 取り寄せた戸籍謄本から作り上げた家系図とを照らし合わせながら 私はあれこれ推理します。 戸籍からその当時の様子に思いをはせると うーん、見えてくるものがありました 両親の結婚前に、祖父達(男3人)だけ入籍されているのです ということは、その時は結婚できない状態で 子供だけ認知したということになりますね。 要するに先妻がいたと考えれば納得できます。 えっ、じゃあ曽祖母はお妾さんだったの~ 『先妻には男の子が生まれないのに お妾さんには男の子が3人も生まれた』 となれば、あの当時は「男系世襲主義」ですから 先妻さんは肩身が狭かったでしょうね。 自分から身を引いたのか 曽祖父から切り出したのか それは分かりませんが、別れた先妻にも子供がいれば、 曽祖父の血を受け継ぐ人が他にもいたことになります。 そう考えると、その「見知らぬ人」は父と同じ 曽祖父の孫なのかしら 生きている間に、 一度お墓参りをしたいと思われたのかもしれませんね。 帰り際にその人は 「お気になさらないで下さい。」と言って出ていったそうです。 会ったこともない曽祖父母達の100年以上も昔の出来事ですが 戸籍を見ていると、とても身近に感じてしまいました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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