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初秋の旅行1と、初秋の旅行2からの続き さてすっかり時間が過ぎてしまいました。 早く続きをアップして、奥土湯温泉旅行のブログを終わりにしたかったのですが、最近の気温の低下と共に、私がPCの前に座るとすかさず吟が膝に乗ってきて眠るのです。 片手は確実に使えない状態になり、また次の機会にしようなんて思って、結局ずっと更新出来ませんでした でも、ブログより何よりそうやって吟が甘えて「寒いにょ」と来れば嬉しくて、吟の気持ちが最優先なんです さて、たっぷり温泉に浸かって眠ったあくる日、10月5日はちょっと晴れたり曇ったりという天気になりました 吟に起こされないからゆっくり眠ろうなんて言ってたのですが、結局早いうちに目が覚め、さっそく寝起きの朝風呂に入りました。 夜はあんなにガラ空きだったのに、朝早い年齢の方が(私は含まないぞ)多いからか貸し切り風呂は空いていませんでした。 それぞれに男風呂・女風呂に分かれて入れったのですが、女風呂にだけ露天風呂が付いています 昨夜はあんなに煌々とした満月の下だったのが、また違った雰囲気を醸し出していて素敵でした。 変わらない滝の音を聞きながらそうっと足を進めようとしたのですが、なんとこれがものすごい熱さになっています 夜を徹して流れ続ける源泉のお湯は、誰も入らないで時間が過ぎるうちにそのままの高温で溜まっていたのでした。 隅っこにお水を足しながら何とか入ろうと努力したのですが、10秒もすると足の先から焼けるような熱さと言うか痛さになり堪りません 69℃とかの源泉を加水するのも残念だけど、それでも入れない程の熱さに我慢出来ず、結局あきらめて内湯に戻る事にしました。 内湯は人の出入りがあるので熱めですが何とか入る事が出来ました 気持ち良い朝風呂を充分に楽しんでから上がりました。 朝食は大きな和室に他の宿泊客と一緒ですが、それぞれのグループ毎にまとまって座るように分かれて用意されていました。 どこの温泉に行ってもそれほど大きく違う事が無い献立だと思いますが、何回もお風呂に入った後、気分も家から離れて高揚していると、本当に美味しく沢山食べてしまうものです 食事後まだチェックアウトには早いし、お腹が膨れて苦しいので散歩する事にしました 宿から川の上流方向には、ちょっと離れて川上温泉があります。 ここは近いけど別の源泉になる温泉宿で、湧出量が半端じゃないのでプールのような大きくて深いお風呂があるとか有名だそうです そこを越えて更に少し歩いて行くと、もう山の中へどんどん入って行く感覚です。 こんな堰堤があったり・・・、 「クマに注意」と書いた注意書きを見つけたり 一応言うけど、立って指さしているのはクマじゃありませんっ イノシシでもありませんっ 人気が全くない山の中、朝の空気は澄んでいて本当に美味しくて深呼吸を何度もしました。 道は川と交差して橋がかかっていました。 眼下の川は鉄分が多い為、石がこんな赤っぽい色に染まっています。 広葉樹・落葉樹の多い山は、実りの秋を迎えドングリなどが沢山落ちています。 山芋もムカゴをつけあちこちに蔓を伸ばし、豊な森は沢山の命を護っている場所なのだと感じました だからこその「クマに注意」だし、橋の欄干上にはこんな足跡も見つけましたよ 大きさや形から想像するにニホンザルの足跡だと思います^^ 実際に姿を見るのではなく、こん跡からその存在を感じる自然というのも良いものです。 それぞれが自分の領域から出しゃばらずに分をわきまえていられるのなら、人間だって動物だって上手に共生出来る筈ですよね・・・。 宿に戻り、サービスのコーヒーをいただいてからチェックアウトしました。 本当に気持ちの良い対応をしていただいて、良い思い出になる温泉でした。 東海温泉の専務さん始めスタッフの方々は素晴らしいもてなしの心で迎えてくれたと思います。 今まで出かけた宿の中でも一番良い感じでしたよ本当に 車で下の土湯温泉まで送ってくれるという好意を心だけいただいて、私達は気持ち良く歩き出しました。 コスモスの群生が揺れ、滝をや川の流れの音が響く道にはドングリが沢山落ちています。 そして途中でこんな素敵なものを見つけました 宿の専務さんが教えてくれていた通り、道のすぐ横にどうどうと鎮座しておりました。 東海温泉の専務さんは「オチンポさま」と呼んでおられました 笑ったり馬鹿にしたりしてはいけません 子宝の湯として信仰されていた土湯温泉だからこその道祖神です 碑に「這坂の道祖神: 這坂の道祖神は文化15年(1818)、二本松若宮の忠助という人が奉納し、以来178年間土湯地区民と湯治客の子宝神として長年親しく信仰されておりましたが、風雪による痛みがひどくなり、このたび土湯町民と来湯のお客様の子孫繁栄を願い再建設されました」、とある。 そういえば一番右には無残にも頭が折れてしまった哀れなオチンポさまが残されています 宿の専務さんの話では、若い観光客の女性達が群がってまたがり写真を撮って行くそうです おおらかで明るいニッポン 後から入ったキリスト教の影響で、性イコール忌避するべきものとされる以前の日本の、豊かでおおらか あ、個人的にこーゆーのとっても好きですが、何か さすがに子宝はもういりませんから、またがって写真なんて撮りませんでしたよ私は ゆりりんがいたら、きっと喜んで楽しんでまたがってくれただろうな~ さらに道を下って行くと(這坂という名前なのですね、下るのはまだ良いですがかなりの傾斜で這うようにして昔は上らなければならなかったのだと思います)、次第に建物が見えて来て、そこはやがて土湯温泉の街並みの一番奥に当たる場所に繋がりました。 かじかの湯という足湯。 土湯温泉は川の両側に開けた谷にありますから橋がいくつも架かっています。 その橋の両端には必ずこんな大きなこけしが立っていました。 山から下りて来た私達には、随分沢山の人がいるように思える温泉街でした 結構小さい温泉街ですが、昔からの雰囲気にお土産屋が沢山ありました。 谷底に建て込んだように並ぶ旅館ホテルは、古い物もありましたけど、福島駅から程近い場所にある豊な湯量の温泉として、結構な賑わいを感じる事が出来ました あとちょっとだけ続きます お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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