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カテゴリ:名古屋(千種・北区・守山・名東・天白)
桃巌寺
名古屋市千種区にある桃巌寺(とうがんじ)は、織田信行(信長の弟)が、父・信秀を弔うため建てました。信行自身も祀られている。当時は末森城にあったが江戸中期に移った。 名古屋大仏があるため訪れる人も多いです。桃巌寺への行き方は、名古屋地下鉄東山線『本山駅』から名古屋大学方向へ、『山手グリーンロード』の坂を上がる途中の左側なので、車だとよく見てないと通り過ぎてしまいます。 立派な石垣の手前に『桃巌寺専用駐車場』があります。 泉龍山と号し、曹洞宗天文年間(1532~55)末森城主・織田信行が、父信秀の菩提を弔うため、末森村日本松(今の穂波町付近)に創建。恵心僧都作の聖観世音菩薩を本尊とし、弁財天画像を守護神として祀る。桃巌寺の寺号は信秀の法名「桃巌道見大禅定門」からとられている。この地へは、正徳四年(1714)に移された。名古屋市教育委員会の説明看板より。桃巌寺山門 (竜宮門・鐘楼門) 桃巌禪寺(とうがんぜんじ)とも。 竜宮門の上部には鐘があります。桃巌寺本堂 聖観世音菩薩像を本尊として、織田信秀が所有していた辯天画像守護神として奉祭している。 しか~し、色々ありますよ。 本堂には、『日本一の巨大木魚』があり、直径1メートルの巨大木魚を片手で撫でると過去の罪が消えるそうです。 黄金に輝く仏像がある。 十五童子像を守護神として祀ってある。 音楽・芸術の神、弁才天(弁財天 )を祀る寺として、有名芸能人などの参拝者も多いそうで写真が飾ってあった。 「ねむり辯天」は年に2回御開帳される。 拝観料(千円)を志すれば、裸辯天やら男根(リンガ)信仰の性器佛などを拝むことが出来るそうなので、どうぞ~。 末森城主當山開基・織田信秀公廟所と書かれている石碑。 織田信秀公の葬儀は、自らが織田家の菩提寺として開基してあった、名古屋市中区大須にある曹洞宗の寺院『万松寺』で営まれた。 “信長が父の位牌に抹香の灰を投げつけた”うつけ振りを晒すに反し、信長の弟の信行は礼儀正しく信望も厚かったが、織田家家督を巡る謀反を起こし破れ、一度は命乞いしたが、柴田勝家ら家臣が信長に寝返り、清洲城で最期を迎えた。石碑の家紋は、織田信長の家紋と同じ、織田木瓜(おだもっこう)が彫ってありました。 桃巌寺の敷地内は静寂で、庭木の手入れが行き届いています。 木陰に住職なのかお坊さんがみえて、剪定鋏の音が聞こえてきました。 糸櫻や慶讃之松などの名木もあり、境内全体が美しいです。 そして、階段を降り始めると、 ぬおっと 名古屋大仏! 桃巌寺境内の東北奥に、こんな立派な大仏があった。 緑色の大仏様・・・・・塗り直してからこんな色になったそう。 顔には金箔でインパクトあるね~。 名古屋大仏については、長くなりそうなので、別に書きます。 桃巌寺(名古屋大仏)所在地:名古屋市千種区四谷通2-16 ビジネスホテル | カップルステイ | 家族旅行 | ペットと泊まれる宿 | 東京ディズニーランドR | いい湯だな♪温泉宿 | 格安航空券 | 高速バス| お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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