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宮後八幡社(みやうしろはちまんしゃ)は応仁の頃(1394~1427)
安井弥兵衛(尾張守護土岐氏家臣)が宮後城を築き、 その鎮護の神として勧請したと伝えています。(武功夜話) その後、寛永元年(1624)徳島藩主蜂須賀阿波守家政公が再建したもので、 祭神は誉田別命(応神天皇)・天照大神です。家政は幼少の頃、父の小六とともに宮後の安井家(母の在所)に住み、元亀元年(1570)父に従って初陣をしています。その後、秀吉の天下平定のために働き、四国の徳島藩の大名に取り立てられました。宮後八幡社石碑の左に、蜂須賀桜指標があるけど桜は? 蜂須賀桜は、徳島の早咲きが特徴のカンザクラなので終わっちまったのね。徳島城の蜂須賀家政(はちすかいえまさ)の銅像。 蜂須賀家政(蜂須賀小六正勝の嫡男) 尾張蜂須賀村(愛知県江南市宮後町)で誕生した。 豊臣秀吉から阿波国18万石を与えられ、徳島城を築城しました。 晩年は、ここ故郷の宮後の地が忘れがたく、八幡社の再建寄進をしました。 所在地:江南市宮後町八幡社宮後城跡 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021/10/21 12:45:48 PM
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