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「すべての可能性を否定しない」
という言葉は、オーラソーマのセッションのときに私がしょっちゅう 口にする言葉なのだけど、この言葉、自分自身にささげているようなもんです。 セッションで使うときの意味合いは、ボトルのメッセージ (つまりボトルや色に関連付けられた象徴的なキーワード) をすべて否定することなく、自分の心に問いかけて、普段の自分からちょっと離れた観点で自分を振り返ってみてくださいね、ということ。 オーラソーマで自分が選んだ4本のボトルはすべて自分を映し出す鏡と言われていて よく知っている自分やまだ気がついていない自分、認めたくない自分、 新しい自分、隠された才能や可能性なんかをすべて教えてくれるというんだけど、 そのメッセージを吟味するときに、普段の自分の感覚だけだと所詮 「よく知っている自分」とか「感づいているけど認めたくない自分」とか、 まあだいたい想像つく自分の姿しか見えづらいのだけど、 ぴんとこなかった言葉もすべて自分に問いかけてみると、 もしかしたら新しい発見があるかもしれませんよ、という意味だ。 でも、その言葉を使うたびに、自分にも投げかけている。 自分はどういうことがしたいのかとか、 どういう人生を望んでいるのかとか、 どうありたいと思っているのかとか、 そういうことを考えるときに「消去法」ではない選択を するためには「すべての可能性を否定しない」ことが大事なのかな。 途方もない夢かもしれないし ささいな日常かもしれないし 人生で大きな決断かもしれないし 子育ての方針や家族間の意志疎通かもしれないし まあ、いろいろな場面でいろいろな決断をすることがあるだろう。 今までの人生は、自分の信念を貫くことに重きを置いていたけど、 これからは柔軟な選択をできるしなやかな意思とおおらかなココロを持ちたいと思う。 すべての可能性を否定することなく。 なんか、硬いけど、最近すごーく、そう思ってるのです。 なんでかな。 子どもたちに伝えたいこと、なのかもしれないなー。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2004.09.24 02:31:43
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