弥次喜多珍道中 中仙道鳥居峠の巻
松茸たらふく食べ、奈良井宿の宿に泊まって、ぐっすり寝て起きると、ざあざあと雨の音が聞こえた。天気予報も80%の雨予報。朝食の席で、朝から松茸の味噌汁とご飯を食べながら、同宿になった自転車で中山道をやっている男性と、今日の峠越えは無理ですねえと話していると、ひとり旅の女性が、昨日、雨の降る前に鳥居峠に行って来たという。「きれいでしたよ。ぜひ行ってもらいたいですが、この雨じゃあね」喜多さん、弥次さん、朝の作戦会議でも端から雨の中、1,190mの峠越えなどする気がさらさら無いので、その日は、昔カフェ、塗り物や、お土産やなど1日いても飽きないだろう奈良井宿で、予約変更できない塩尻発の帰りの電車まで過ごすことにした。宿に荷物を預け、店や、幾つかある資料館、古い町並みを楽しんでいた。11時頃になると、雲が切れて霧がどんどん空に上がって行く。駐車場で降りた30人ぐらいの山登り装備のシニアの団体が街並みを通り抜け鳥居峠に向かって歩いて行った。弥次さん、喜多さん、顔を見合わせる。頭に電球がぴかっと灯り、閃いた。「行けるかも」「行けるよね」宿にとって返すと、奥さんがコーヒーを淹れてくれながら、「きれいですから是非行ってください」と唆す。旅支度を整え、峠に向かって歩き出すと、同宿だったひとり旅の女性に街の中でまた逢った。「絶対行くべきですよ」と唆す。途中のお団子やさんのベンチで、お昼のつもりで五平餅を食べて、さて、鳥居峠に向かったのであった。奈良井はどこかデジャブの有る街と思っていたら、東海道の鈴鹿峠を背負った関宿とよく似ている。関宿に着いた日も土砂降りだったなあと思いながら、峠を登り始めた。紅葉にはまだ早いが、霧立ち昇る風景の中、ところどころ黄色に葉が変わって美しい。踏みしめ登る急な山道は、雨の後でもフカフカの落ち葉が雨を吸収して歩きやすい。ところどころにどさりと熊の喜びそうな団栗がまとまって落ちていた。そこを通ると、団栗が靴の下で弾けて、バリバリという。昨日登ったという同宿の女性が「意外と簡単でした」と言う割には険しい山道だ。そうこうして、峠まで100mという所で雨が降り出した。お休み小屋のところで先行の団体に追いついた。ところが雨脚はだんだん激しくなる一方だ。後悔先に立たず。後戻りは出来ない。今来た奈良井に下るより、もはや先の藪原に下った方が早いのであった。2人とも傘は持っている。私はレインコートをリュックに忍ばせて来た。しかし喜多さん(夫)は何もないから、これまた私が常備している非常用寒さ除けの銀色のフィルムをリュックに被せてあげた。さながら銀色のスーパーマン。木々の中、意外と雨は下までは落ちてこないもので、そんなに濡れない。途中、幾つかある熊よけの鐘を鳴らしながら、人間こわがりの熊さんに私たちが通ることをお知らせして、ただひたすら下って行った。そして到着した藪原宿、藪原駅。ああ、無情にも2時間に1本ぐらいしかない普通電車が目の前で行ってしまったのであった。公民館で雨宿りしながら、今後の作戦会議をする2人には、その日、まだこの先いくつもの難関が待ち受けているのをはかり知ることが出来ないのだった。じゃんじゃん~!「熊も人間が怖いのです。鐘を鳴らして、人間がいることをおしらせしてあげましょう」だって。