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カテゴリ:頑張ろう東北
「スイセン・サミットin 桂島」に10~11日行ってきました。
昨年10月に15,000個のスイセンの球根を植えに行ってそれ以来5ヶ月ぶりでした。 今回皆さんと交流して「桂島の皆さんは全国の皆さんから愛されて支援され続けている。感謝!」と感動してきました。 地震と津波が起こる前に桂島を訪れた時は奥さんたちとの短時間の交流でした。 その時も私の心を占領した皆さんでしたが 今回は男集も含めて、感動の渦で占領されました。 「スイセン早く咲くように毎日酒飲んで待ってだども咲かなくて・・・」と 挨拶する内海さん(島の人は殆んど内海さん) ユーモアが何とも素晴らしい! そのユーモアを出せる力が、支援者が続けて支援したくなる力を生み出している・・・そう私は思って、有難くて涙が流れてしかたなかったです。 支援してくれた若者たちとだるまストーブを囲んで話す機会が与えられました。 音楽仲間からの支援物資は160トンにもなるという。 「自分もこのようになったら誰かに助けてもらわなければならない。今自分に出来ることをしようと気がついた者が行動を起こしている。」と話してくれました。 私はこんなに素晴らしい若者が日本にはいる。 そう感じて嬉しいと思いました。 「人間嬉しいのは、優しくしたときと、優しくされたとき」 「優しさは悲しみを体験して作られる」 「スイセン・サミットin 桂島」の主役のスイセンは このところの寒波で咲いているのは20本程にとどまっています。 この日のために代表で咲いてくれたスイセンをみなさん愛でながらカメラに収めていました。 「よく咲いた」と声をかけられて嬉しかったでしょう。 「スイセン・サミットin 桂島」の目玉は牡蠣でした。 目的は桂島の復興と交流です。 直前に三浦さんから「焼き牡蠣、食べ放題!」と流れてきて私は即シェア 自分で焼いて食べる牡蠣小屋を連想しましたので 汚れても良いダウンジャケットを着て行きました(^^;; ... ところが、写真のように専用の焼き釜があり 島の男性が手馴れた技でむいてくれました。 柳生真吾さんが20個食べたと書いていましたので 私はそれ以上と書けませんがかなり戴きました。 あとはお腹のことを考えてストップしました。 今年の牡蠣は津波で海底の養分までたらふく食したので身が大きいのだそうです。 どれも大粒でした。 主催者の三浦さんは挨拶で 予想していたより暖かくならずにスイセンが咲かなかったこと 今日は特に寒くて自分の精進が足らないなどと言っていましたが 私はどんなに寒くてもこの日は心が温かくなる日だと確信していました。 その通りの心が燃えるサミットでした。 「小兵はチャンスを気付かず、中兵はチャンスを活かさず、大兵は袖刷りあう仲も他生の縁」 柳生家の家訓・・・これは私も大好きで今では自分ひとり松木家の家訓にさせて貰っている程です。 その柳生真吾さんと1日半もご一緒させていただいたことは、無形財産でした。 慕われるその人柄も側で見させていただきました。 すぐに打ち解けてお話できる方でした。 交流会が楽しかったのは言うまでもありません。 それは、桂島の人たちの魂(苦しさを克服した真の強さ)を感じる交流会でした。 笑って、食べて、飲んで、歌って気がつけば9時過ぎ 勿論2次会は延々と続いたようです。 私は、島の人全員に施術をして上げることが出来ました。 瓦礫が袋詰めされていました。 きれいに片付けられて、復興が進みますように。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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