ネタがないから小説第七弾~翼の行方編その十一~
「あった!これじゃないですか!?」「・・・ん・・・え・・・?マジか!」 地下の隠し部屋に篭って2日目、不眠不休で本を解読していたコジがついに目的のものを見つけた。付き合ってずっと眠らずにいた比翼だったが、ついうつらうつらとしたところをコジの大きな声で夢の世界から引き戻されたのだった。「ここ、『仮死薬』の作り方とあります。その次に書かれているのが『反魂香』。これがおそらくプッチニアさんの仮死状態を解く薬・・・。」 コジが差し出したのは灰色の表紙がついたごく普通のノートのように見えた。中には細かい字でびっしりメモが書かれている。訳の分からない文字で読めないが、コジの言った薬は確かに自分が必要としているものだ。「それ、読んでくれないか?」「ええ。まず材料ですが・・・『大陸の北東、4方から水を注がれる湖に程近き場所にそびえる山の奥に自生する植物の若芽。高さ1~2メートルで茎はやや紫色を帯び、葉は羽状に深く裂けている。』・・・。」「大陸の北東にある湖といえばアラク湖だな。その近くにあるのはタトバ山。そこでその説明の草の若芽を採ればいいわけだ。あとは?」「次は簡単です。『海の神を祭る聖なる場所、その最奥にある美しき水』。海の神殿の地下4階にある噴水の水のことでしょう。その次は『様々な場所へ扉を開き、旅人を惑わせる不思議の森。そこへ迷い込んで出られなくなってしまった死人の魂。』」「様々な場所へ扉を開き・・・か。迷路みたいな森はたくさんあるが、転移装置であちこち飛ばされて困ったのはグレートフォレスト。魂という事はつまり、そこにいるファントムのことだと思う。」「これはなんでしょう?『鉄が多く眠る地中の奥深く、刃のような牙を持つ蜘蛛の糸。』」「鉄が眠るってことは鉄鉱山か。ハノブの近くにある廃坑にいるソードスパイダーの糸ってとこかな。」「素晴らしい!ではこれは?『大陸の南東の深き森、地下の洞窟で赤き目を光らせる誇り高き獣の血。』」「南東にあるのはオロイン森。地下には確か洞窟があって、そこに恐ろしく硬いダイアーウルフっていう赤い目をした狼がいた。そいつの血か。次は?」「『大陸の南東、いくつもの川と海が出会う場所。両方の水で現れた赤い砂。』」「大陸の南東で数多くの川が流れ込んでいるのはハンヒ川/ドレム川付近か。確かあそこは地形の低いところに赤砂の場所があった。その砂だろう。」「『大陸の北西、双子の丘近くに多くの魂休むオアシスあり。魂が置いていった記憶を含む水の中にある草。』」「北西にある双子の丘陵、魂・・・5つの墓があるあたりか。忘れられた記憶のオアシスにある水草だな。」「最後は『迷い森の北側にある砂漠。峡谷の近くに隠された道あり。生者と死者の間をさまよう哀れな骸を覆う帯。』」「さっきの迷い森がグレートフォレストだとすると、その北側はガディウス大砂漠。その辺にある隠された道は・・・セスナの道のことか。そこに確かマミーがいるからその包帯を取ればいいんだろう。」「すごいじゃないですか、比翼さん!」「別に暗号とかじゃなかったしな。ビーストテイマーのマスタークエストであちこち行かされた甲斐があったぜ。」「さっそく集めに行きましょうか。目的のものは各地に散乱しているから、早く出発しないと・・・。」「ああ、分かった。俺が行って集めてくるから、コジ、お前はどこかで休んでいてくれ。」「え、何故ですか?」「何故って・・・これだけのものを集めるにはフランデル大陸の端から端まで旅することになる。お前の体が・・・。」「いえ、こんなに元気な自分は生まれて初めてですよ。今なら何でも出来そうな気がします。どうか、連れて行ってください。」 確かにコジの目には生気が溢れていた。しかしその頬には死の影が忍び寄っている。『もしかしたら、コジは最後に旅をしたいのかもしれない。世界のいろんな場所をその目に焼き付けて死にたいのか・・・。』 連理は足手まといになることを承知でコジを連れて行くことにした。 目的の場所と物は分かっているが、かといってそう楽なものではなかった。どうしてこれほどというほど交通の不便な僻地ばかりだ。気候もいい場所ばかりではない。 しかしコジは死に瀕しているとはとても思えないほどの健脚ぶりを示し、気がはやる比翼をイライラさせないぐらい、しっかりした足取りでついてきた。時々本を取り出し、採取したものが記載された説明や絵と間違いがないか何度も確認しながら丁寧に保存瓶に入れる。薬草の取り扱い方を知らない比翼はやはりコジに来てもらってよかったと胸を撫で下ろした。 5日かけて全ての材料を集めた二人は、急いでロマ村ビスルへと向かった。「ここが・・・赤山ですか。」「炎を吐くモンスターがたくさん生息しているから気をつけて。気配を消し、素早く通り過ぎるんだ。」「分かりました。」 赤茶けた砂煙を巻き上げて通り過ぎる風、眼前に高く聳え立つ山々。枯れた木々以外に生命を感じさせるものはない、砂漠よりもなお乾いた土地。各地で迫害を受けたロマの民が一か八かで越えた死の山だ。「わざわざこんな場所に村を作るなんて、本当に彼らは辛い生活を送っていたのですね。」「ああ。昔よりずっと差別が減った今でも、流浪の生活を送っている民族らしいからな。誰も好き好んで近づこうとしない、こんな場所が唯一の安住の地だったというわけだ。」 コジの盾となりながら早足で山道を進んだ。幸い、早朝で空気が冷たい今の時間はモンスターたちの動きが鈍い。形がトカゲのようなところから言って変温動物の性質を持っているのか、しばらく陽光に身を当てて体温を上げてからでないと活動がしにくいらしい。 ほとんど攻撃を受けることなく赤山の頂上へ、そしてそこから岩だらけの峰を下ってビスルの入り口へ。 村へ入るとそこには背の高い草がたくさん生え、夜露に濡れた花々がお辞儀をし、目を覚ましたばかりの羊たちが柔らかい若草と芳しいその花を露ごと食んでいる。それまで見てきた風景とうって変わって潤いのある風景だ。高地にあるわりに温暖なのは村の真ん中に火柱を上げる聖なる炎のおかげだが、水は一体どうしているのだろうか。 プッチニアの家の前まで戻ると、朝食の準備をしていたレティと目が合った。「まあ!比翼!」「遅くなりました。プッチニアが目を覚ます薬を見つけました。」「・・・!ハンス!ハンス!」 家の奥からハンスが出てきた。心労の為だろう、顔色が悪く比翼が村を出たときよりもやつれている様子だ。「ああ・・・ありがとう・・・ありがとう比翼・・・!」「いえ、俺じゃなくてここにいるコジのおかげです。マスタークエストのときにお世話になり、また今度も骨を折ってくれました。」 コジがぺこっと頭を下げると、レティは涙に濡れた顔でその手をぎゅっと握り締めた。「挨拶は後です。比翼さんが薬の材料を揃えてくれました。さっそく調合しましょう。竈はどちらですか?」 照れて困ったコジはそれを誤魔化すようにさっと手を振りほどき、袋に集めた材料をテーブルに並べ出した。 家に入ってすぐの比較的大きな部屋の中央には暖をとり、煮炊きをする囲炉裏がある。そこでまずコジは鍋に海の神殿の水を注いだ。そしてそこにタトバ山で採取した植物の若芽、忘れられた記憶のオアシスの水草を細かく刻んだものを煮出し始めた。その横でガラスの漏斗にセスナの道のマミーの包帯を敷き、その上にハンヒ川/ドレム川付近の赤砂を入れた。沸騰すると草の煮汁は最初のうちは黄緑、だんだん濃い茶褐色へと変化し独特の青臭い匂いを放ち始めた。30分ほど煮出したところで鍋を火から下ろして設置しておいた漏斗に煮汁を注ぐと、砂と包帯でろ過されて黄褐色の透明な液が出てきた。それをガラス瓶に受け、今度はそこにダイアーウルフの血を加えて注意深く混ぜた。ダイアーウルフの銀の血と黄褐色の液体は混ざると煙を上げ、薄明るく発光する橙赤色へと変化した。次にグレートフォレストのファントムが天に昇る瞬間、周囲に振りまく魂の欠片。その透明な藤色の小さな結晶を瓶へ封入すると、結晶はゆっくりと液に溶けてどろりと粘度のある不透明な赤黒い半固形の物質へと変化した。コジはそれをゆっくりとガラスの筒へ注ぎ、そこにソードスパイダーの糸を何十本も紙縒りにしたものを指した。「このまま冷やして固めます。」 一時間後、出来上がったのは血のように赤いろうそくだった。「反魂香。これに火をつけて漂う香りをプッチニアさんに吸わせれば、彼女の体に再び魂が戻り、蘇るでしょう。」「ありがとう、コジ!本当になんてお礼を言ったらいいか・・・。」「いいんですよ。比翼さん。あなたは無為に尽きようとしていた私の命に最後の仕事を下さった。感謝するのはこちらの方です。」「え?」「さあ、このろうそくをプッチニアさんの枕元へ。」 青ざめた頬、艶をなくしてくすんだ金糸の髪。プッチニアは比翼が出てきたときそのままの姿で横たわっていた。「ああ、なんて御労しい姿に・・・今助けてあげますから・・・。」 コジはそう言うとろうそくを置いて、紙縒りの先に手を伸ばした。 聞き取れないほど小さな声で何か呪文のようなものを唱えると、コジの体から白い煙のようなものが立ち昇り、それがゆっくりとろうそくのほうへ吸い込まれるのが見えた。全てが紙縒りの先に集まり、そこに小さな火が灯るのと同時にコジのか細い体が崩れ落ちた。「コジ!!」 比翼は慌ててかけより、コジを抱き起こした。土色の顔色でぐったりとし、ゆすっても叩いても全く動かなかった。「コジ!どうしたんだ、コジ!!」 急いで脈を確かめたが、そこに生命の証はなかった。 命が尽きたコジの代わりに赤いろうそくの上にはゆらゆらと青い炎が揺れている。「もしかして・・・火をつける材料はお前の命、だったのか?」 反魂香。死者を生き返らせる魔法。 一度死んだものを容易く呼び戻せるはずがない。 何か大きなものを得るためには、何かを犠牲にしなければならない。 そのことにもっと早くに気付くべきだった・・・。 比翼の落胆と慙愧の念とは裏腹に、コジの顔は誇らしく微笑んでいた。『私はどの道死ぬ運命だった。町の雑踏の中で野良犬のように野垂れ死ぬのではなく、こうやって最後に誰かを救って死ぬ事が出来たのです。娘のような彼女の命を。本当にこれほど嬉しいことはない。』 コジの笑みはそう語っていた。⇒つづき