日垣隆 さんのメルマガ
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲ http://www.gfighter.com/(専用サイト) 日垣隆 全文責任執筆 「ガッキィファイター」2011年4月26号 通巻 第378号 info@gfighter.com ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲■主な目次■□今週のコメント ◆チェルノブイリ原発4号炉事故から25年――ウクライナ発(1) ◆第2期クレド特別会員 募集(特典あり)締め切りへ ◆第6回 緊急日垣塾「戦争と内戦と地震と津波と原発事故 ――人の叡智は何をどこまで回避できるか」 (敢えて福島県内で開催準備へ) ◆電子書籍と「紙の本」に関する私の最終考察□今週の掲載情報 ◆『電子書籍を日本一売ってみたけれど、やっぱり紙の本が好き。』 (講談社、1,375円)4月28日(木)発売――予約受付開始 ◆「チェルノブイリとフクシマ。同じこと、違うこと」 (「週刊現代」2010年5月7・14日合併号) ◆「見えない敵と、見えざる敵と。 ――東北関東大震災2000キロの旅」(「新潮45」5月号)ほか□お知らせ ◆広島イベント情報電子メールで送信: iZ6XLm.jpg posted by (C)akijapan■■今週のコメント■■★チェルノブイリ原発事故から25年――ウクライナ発(1)★━━━━━★ 1986年4月26日に、世界を震撼(しんかん)させたチェルノブイリ原発事故が起きました。旧ソ連時代のことです。 北欧にまで高濃度の放射能が行きわたる巨大災害でした。原発の町に住む5万人にも、もちろん国民全体にも世界中にも隠そうとし、実際、住民にすら36時間も何一つ情報を与えることを、共産党政府はしませんでした。 が、隠しようもないことです。爆発直後には、欧州の国々でスクランブル態勢がとられました。救急車や軍隊が実際、出動しています。 これは、ウクライナ(当時は旧ソ連のキエフ近郊)ではなく、例えば遠く離れたスウェーデンも、政府が自国内で原発事故が発生したと認識したためでした。 ついでながら、スウェーデンには当時12基の原発があり、原発への依存度は世界でもトップクラスでした(58%)。1980年には国民投票が実施され、原発を全廃してゆく方向に舵(かじ)が切られ、なおかつ2006年8月4日にスウェーデンでは4基もの「メルトダウン直前」の原発事故が起きたにもかかわらず、現在では脱「脱原発」に再び舵を切りました。 私はこの国の両極端なブレはともかく、原発政策の転換という大きな国民的課題について、常に国民の総意(住民投票と国会決議)を通していることに、日本も学ぶべきときだと思います。 日本では、各電力会社は民間企業でありながら、国策たる電力をエリアごとに完全独占し(独禁法違反!)、毎年2,000億円もの「マスコミ懐柔費(ほとんどワイロと同様の論説委員・解説委員らの抱き込みと、巨大な広告費をエサにした沈黙強制)」および「ちょっと頭は弱いが影響力が大きそうな著名人をPRに活用する費用」を使っておきながら、原発事故が起きた場合に保険会社はどこもそれを請け負うところはなく(その保険が破綻する可能性が高いということですね)、独自の保険(住民への補償)として1,200億円を超えることはない、と最初から決めてきました。 過日、東京電力が「仮払いとして500億円を緊急に出したい」と会見しましたが、これは最初から織り込み済み。あとは700億円を「さらに追加で出したい」と発表するという段取りしか「想定」してこなかったのです。 しかし当然のことに世論の反発があると、今度は政府に泣きつきます。政府が補償金と補助金を、消費税やら臨時国債やらを使って出すというわけですが、よく考えてみてください。 被災者への補償金を、被災者とその予備軍たる国民が出す、というのは相当におかしなことではありませんか? もう一つ、どこも書かないし言わないので、私が敢えて言っておきますが、福島県双葉町は、福島一号原発のさらなる増設(7号機まで)を公約に掲げて町長も町議会議員も当選しており、その莫大な補助金をあてにした住民は、彼ら彼女らに圧倒的多数の票を入れてきたのです。 原発を誘致した地元民(現在避難中)は、果たして純然たる被害者なのでしょうか。 地震と津波の被災者ではあっても、原発事故については、むしろ近隣市町村や都道府県や近隣諸国に対して、謝罪をすべき立場にあるはずです。火山爆発にも全く責任がない三宅島の全住民避難とは、そこが最も異なります。「被災者は100%善」という思考が暴走するのは、とても危険です。政策判断を間違えるからです。 さて、チェルノブイリの事故から25年が経ちました。 当初、その情報を隠した「反省」からソ連ではグラスノチ(情報公開)が宣言され、すでに始まっていたペレストロイカ(改革)路線がそれなりに徹底されていった結果、ソ連邦と東欧の崩壊へと、歴史の大転換を迎えることになるのは、ご存じの通りです。 私は先週、25周年直前のチェルノブイリに行ってきました。 いろいろな意味で怖ろしい体験ではあり、当然ながら電気がきていない廃墟です。爆風で「津波状態」になった建物に入って歩いていると、真っ暗ですから、懐中電灯をもっていても、突然何かにぶつかってしまう。3階にも関わらず、ぽっかり足元に大きな穴が開いていたりするので、こんなところを自由に取材させる当局の気がしれない――というか、ここまで解放的になったのかと、ある種の感銘さえ覚えたほどです。 おかげさまで、全身いくつもの打撲をし、数日後には美しい鬱血(うっけつ)が至る所に浮き上がってきました。かなり痛かったわけですね。 ガイガーカウンターは、まるで当地から消えた動物や鳥の声に代わるBGMのようでした。 詳しい報告は明日も続けます。 初回に当たり、一つだけ注意を喚起しておきたいのは、旧ソ連時代において、あのチェルノブイリ原発のおひざ元(プリピァチ)は、冷戦を反映して地図にも載せない町ではあったものの、5万人が住むそのプリピァチには、キエフの共産党幹部専用のアパートも建てられていました。 東京電力がずっと言い続けてきたように「絶対安全」が本当なら、霞が関の中に炉を建設していたようなものです。 安全とは思っていないからこそ、東京電力は、送電区域から離れた福島などに原発を建てたのであってみれば、その点に関してはチェルノブイリ原発のすぐそばに、独裁政権の幹部宅を建てた、暗黒の旧ソ連のほうがマシという気がしてきます。 (この項、明日に続く)☆☆☆☆☆☆有料メルマガの著作権について【変更】☆☆☆☆☆☆☆ この有料メールマガジンに記載されている内容の多くまたは総てを、 無断で転載、複写、転送、電子的入力および再編集することは、お控 えくださいますようお願い申し上げます――というのを止めました。 著作権なんかくそくらえと思ったからです。今後とも、もちろん適度 な引用はご自由です。 「ガッキィファイター」編集室 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆