インボイス制度はなぜ批判される? 筆の町 広島県熊野町を悩ますジレンマ 2023/01/26大道修
今年の10月1日から、
消費税の 仕入税額控除 の方式として
インボイス(適格請求書)制度が開始される。
表面だけ見ると、請求書が、「登録番号」、「適用税率」及び「消費税額等」が記載された適格請求書に変わり、
消費税が不正やミスなく平等に徴収されるようになるというものだが、
深堀りすると、
フリーランスのような小規模の事業者から、
小規模事業者と取り引きをしている事業者まで、
大きな影響が及ぶ。
いつの間にか取引関係が変わっていたというケースもでてくるようになるかもしれない。
益税がなくなる?
インボイス制度の導入が発表されてから、
フリーランスや一部の団体からは、反対の声が上がっている。
彼らは制度の導入に対して「実質的な増税」などと叫んでいる。
というのも 適格請求書 を発行するには
消費税を納付しなくてはならなくなるからだ。
現在、課税売上高が 1000万円を満たさない事業者は「免税事業者」と呼ばれ、
消費税納付を免除されている。
免税事業者が、消費税を納付している「課税事業者」と呼ばれる事業者と取引をした場合、
その「課税事業者」に請求した金額にかかる消費税が、
そのまま免税事業者の収益となっている。
その収益は税金ではないが「益税」と呼ばれ、
制度として不公平を感じさせ、問題視されてきた。
今回、インボイス制度が開始されると、
適格請求書がないと消費税の仕入税額控除がなされず、
取引先に負担を強いることになる為、
今まで通りに「免税事業者」が「益税」を得ることは難しくなる可能性もでてくる。
制度がはじまることによって
不公平感は改善されていくかもしれないが、
小さな免税事業者だと益税を価格に転嫁できないケースも少なくなく、
ギリギリで仕事を続けていた事業者は 廃業 に追い込まれる可能性もでてくる。
しかし制度がはじまって大変なのは免税事業者だけではない。
仕入れに悩まされる課税事業者
筆の生産量が日本一であるとされている
広島県 熊野町 で長年、筆製造を営んできた老舗A社は、
昨年インボイス制度の登録を済ませ、「課税事業者」となった。
A社の中村(仮名)社長は、インボイス制度が始まると「大変なことになる」と話す。
昭和の時代、学校では習字の授業が行なわれ、
また習字教室に通う子どもも多く、
児童向けの筆は全国で販売され、
熊野町の筆の生産も大きなピークを迎えた。
しかし平成、令和と年が経つにつれ、
少子化が進み、一方でパソコンやスマートフォンなども普及し、
筆の需要も激減した。
熊野町には約90社ほどの熊野筆メーカーが軒を連ねており、
2万4千人の住民のうち、約2500人が何らかの形で筆作りに携わっている。
中村社長は、長年のつき合いのある職人や工房には、
こうした「免税事業者」が少なくなく、
インボイス制度が開始されると、
消費税を納付する際に、
免税事業者との取引で生じた消費税は控除ができず、
取引を続けようとすると、
こちらが消費税を被ることになり大変だと言う。
代わりの安い業者を探すとしても、そう簡単ではない。
代わりの事業者を探そうとしても、
その安い価格で注文した量を納期を守って納品できる事業者を探すのはなかなか難しい。
書き味を決定する穂首(筆の毛の部分)などは、
他の事業者だと書き味が再現できないこともある。
トータルで見てデメリットが多いと、
最悪の場合、
消費税を被って元の業者との取り引きを続けなければならない事態も生じてくる。
一方で「免税事業者」は、これまで取引のあったところであっても、
消費税控除がされないので、
他の課税事業者に仕事を奪われ、
いつの間にか注文が来なくなることもでてくるだろう。
消費税を納付して「課税事業者」になれば、
注文が来るようになるかもしれないが、
自身の仕入先が「免税事業者」のままだった場合、
控除が無く、
負担が増えるケースも考えなければならず、
消費税を納付して「課税事業者」になる決断は難しい。
中村社長は「皆が、これから、どんなことが起こるかわかっていない」と言う。
経過措置もあるが
昨年の11月、免税事業者が課税事業者になった場合には、
納税額が3年間売上税額の20%へ減額されたり、
また1万円未満の経費等については6年間、
インボイスの保存がなくても 帳簿の保存をすれば
仕入税額控除を行うなどの経過措置が発表された。
いきなり消費税を「課税事業者」のように100%を支払わなければならない事を考えれば、
納付税率が20%になるなど
かなりの負担減となるが、
税率は段階的に高くなり6年経ったら、
通常通り支払わなくてはならなくなる。
また消費税増税も取り沙汰されている中、
免税事業者にとって課税事業者になるかどうかの判断は難しい。
伝統産業は生き残れるか
日本には、筆だけではなく織物や染織品、
陶磁器など日本の文化や生活に根ざしたものを生み出す伝統産業が残っているが、
その多くは国の支援を受けながら、
グローバル経済の只中で細々と事業を続け、
古くから受け継がれてきた伝統的な技術を伝えている状況だ。
ここ数年のコロナ禍で多くの会社や店が廃業しているが、
これらの伝統産業を取り巻く環境も一層、厳しいものとなりそうだ。
中村社長は「うちだけじゃない、全国で同じことが起きる」と不安をかくせない様子だ。