◎Feb.23 「英語への翻訳」と「宮本武蔵師」と「一乗寺下がり松(八大神社))
KENの生まれて初めての英語訳(の看板)於>京都市左京区一乗寺下がり松の「八大神社」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「英語への翻訳」と「宮本武蔵師」と「一乗寺下がり松(八大神社))京都市左京区に、一乗寺という地区がありますおそらく、だいぶん、昔に、そこあたりに「一乗寺」というお寺があったのでしょう宮本武蔵師が、吉岡一門と決闘をした一乗寺下がり松は、この地区にあります。現在の松の木は、4代目です決闘といっても、小説では、100名近い吉岡の門弟が相手とありますが、実際には、10名くらいと思っております宮本武蔵師が戦った当時の松の木の一部が近くの八大神社に保管されており、展示されています :五輪書にありますが、「自分は、21歳のころに、京都に行き、そこで、天下の兵法者にあい、数度、勝負をしたが、負けないという事はなかった」と武蔵師が述べています私は、歴史家ではありませんが、私見ではこの上の言い方から察して、引き分けであったのではと思いますいずれにしましても、武蔵師は、21歳のころに、京都で 剣の修行をし、足跡を残しているのは明らかです吉岡方の記録にも、武蔵師との争いは記述があります私は、京の佛教大学にて、英語の稽古をしました京都に行けば、海外からの観光客が多いのでその方たちを相手に、英語の練習をしようと思って京都に行き、実践しました。そしたら、留学をしなくとも良いからですね 。うちの大学(佛教大学)は、金閣寺に近いので、よく金閣寺で練習をしました。私も、「京の都で、英語の練習をした」 という足跡を残したかったのです 。※結局、これは今している仕事そのものですそれで、八大神社の方にお願いをして、下がり松の古木の由緒を、英語に訳して、看板にしてくるから、それを、展示されている古木のところに置いてほしい、と申し出て、写真にある様なものを作成しましたそれが、今でも、飾ってありまして、京都に来るたびに、挨拶がてら見に来ます。もう30年前になりますので、看板の文字も、かすんでいる部位がありますが、まさに、私の最初の英語翻訳です :写真をご覧下さいませ日本語の由緒文は、次ぎの通りで、私が大学3回生のときに英語訳をしました:「この古木は、慶長九年(1604年)、剣聖・宮本武蔵が、 吉岡一門と決闘せし、当時の松の木の一部である」※その1)・英語でモノを言う場合は、どんな場合でも必ず結論から云いますから【この古木は、当時の松の木の一部】 と組立てを考えます:↑↑を先に云わないと成りませんね※ その2)この古い木は、(★一部です/一部でした)、ある松の木の:仮に日本語では、一部です、とあっても、この場合は、英語では、★→どちらが正しいかといえば、当時あった松ノ木の一部ですから【過去形】ですねその3)大学生当時、私が一番苦慮して考えたのが、「武蔵」と「この松の木」をどこで繋ぐか?関連させるか=という事ですねそこで、二つを考えました<この古木は、当時の松の木の一部、そして、その周りで武蔵が闘った> とするか、或いはつまり、--- a pine tree, around which Musashi fought--とするか<この古木は、当時の松の木の一部←1604年時点での。その年に武蔵がこの松ノ木の周りで闘った>とするかつまり、a pine tree in 1604, when Musashi fought--とするかその4)この2つの言い方パタンを考えて、当時は、次ぎ★の通りに(時間で繋いで)訳しました。というのは、木で繋ぐと、つまり、a pine tree, around which Musashi fought--とすると、当時は考えすぎて、吉岡勢と(against the Yoshioka)をどこに適切に入れるべきか、わからなくなってしまったからですというのは、この言い方の場合ですと、最後が時間 in 1604 となりますすると吉岡勢の説明語句が、挿入しにくくなると思ってしまいました看板のスペースにも限りがありますので。たくさん言葉を入れられないと云う面もありました。ですので、in 1604, when Musashi foughtー という風に時間を使って、下がり松 と 武蔵師 と繋げる事にしました。この英語訳は、現地の八大神社に飾ってありますので、皆様、今日とご訪問の折には、機会があればご覧下さい:★This ancient piece of wood was a section of a pine tree called "Sagarimatsu"here in Ichijoji in 1604, when the splendid swordsman Miyamoto Musashi foughtaround it and won the day against the Yoshioka Family, famous for skilled fencers.21才の時の、生まれて初めての英語訳作品です、30年前ですよ!!>京都市左京区の【一乗寺下がり松】という場所に、八大神社があります、そこに、ある「松の木」が展示されています。宮本武蔵師が、慶長9年吉岡一門と決闘した時の松の木の一部なのです、その松の木の一部とその由緒説明文(日本語)が、上記の八大神社に展示されています。大学の三回生の春休み、飯塚市に帰省した際英語訳はできておりましたので、その看板を業者のおいちゃんに制作してもらいまして、新学期のときに、京都に戻る際に持参をし、まず、私の英語の恩師であります京都産業大学の梅田巌教授にお見せをいたしまして、そして、左京区の八大神社にお願いをして取りつけてもらいました:あれから30年以上経過しましたが、未だにこれも飾ってあります。私の生まれて初めての翻訳です。「この古木は、慶長九年、宮本武蔵が、吉岡一門と決闘せし松の木の一部である。」この英語訳は、写真の通りです!最初にしてはよく出きていると、自負しております:あれから、30年余り:いま振り返りますと、結局、この作業がいま現在の仕事に繋がっています。私のこの商売(お仕事)のきっかけは、大学時代です一乗寺下がり松英語訳看板1 6.jpgこれは、私が21歳のときの英語訳ですMusashi fought against the fencers of Yoshioka at the age of 21 too.・won the day とは、大勝利を収める、という事ですねその5)今見ると、次ぎの様にしたほうが尚良いですねThis ancient piece of wood was a part of a pine tree called"Sagarimatsu (a big spreading pine)" around which, in 1604, Musashi MIYAMOTO fought and won the day against the Yoshioka School, famous for skilled fencers. としても良かったですねつまり、-- a pine tree, around which Musashi fought--としてもよかったですねその場合は around which, in 1604, Musashi fought と時間を先に出せばよかったです〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜Ken's Office<総合英語/他言語サービス業>末次通訳事務所・末次賢治拝代表&英語通翻訳者兼柔道と将棋指導者Feb.23/2019