・鯰田の浄善寺と 『南方録』の立花実山
・その実弟の立花峰均と兵法二天流 について by 末次賢治拝
私が住む地域は、鯰田(なまずた)といいまして、
かっては、炭鉱産業が盛んで、日本でも最先端の技術や機械が
採炭作業に導入された土地柄です
今では、すっかりさびれております
私が通ったのは、鯰田小学校という小学校で
歴史があります。
その「鯰田小学校」のすぐそばに、浄善寺というお寺があります
このお寺は、茶道の心を書き綴った『南方録』の著者である、「立花実山」が、
暗殺された場所です。
何らかの原因で、黒田のお殿様の怒りを買ったそうです。
そして、この立花実山は、貝原益軒さんの門下生です。
さらに、、この立花実山の実弟が、
立花峰均(みねひら)といいまして、
この峰均さんは、宮本武蔵師の【兵法二天一流】の、
黒田藩での、流れをくむ流派=【筑前二天流】の第五代師範です。
のちに、武蔵師の事績や伝承を書物にまとめております。
峰均さんが、52歳の時に、宮本武蔵の流れをくむ筑前二天流第5代師範として、
3人の門弟(立花勇勝、立花種章(増寿)、桐山丹英)に兵法伝授しました:
57歳の時に武蔵師の伝記『兵法大祖武州玄信公伝来』を書き上げ、
同時に、この武蔵伝記に附録するかたちで、「追加」として
二祖・寺尾孫之允信正、
三祖・柴任三左衛門美矩、
四祖・吉田太郎右衛門実連の略伝を加え、
また「自記」として自伝が附録した。
この文書は『丹治峯均筆記』という通称で知られています。
浄善寺と立花実山、
そして、
その実弟の、立花峰均と兵法二天一流の関係をちょっとご紹介しました。
このような歴史(史実)を、小学校、それこそ、鯰田小学校で
授業として取り入れて欲しいですね
<兵法・英語二刀一流>末次通訳事務所・末次賢治拝